第2話 穀雨の詰問


「それで? なんであんなことしたのよ」


 校舎一階、第一音楽室の中、副部長の木本が腕を組んで立ち、正座している水島に詰め寄る。茣蓙ござが無かったので、代わりにキッチンマットをいて歓迎会で勝手に演奏を続けた下手人を座らせている。


「水島、釈明を」


 部長の私も腕を組んで、水島に弁明を求める。右隣に金森、左隣に土橋もいて、目をぱちくりさせながら状況を見守る。


「だって……せっかくティンパニが目立てる小節バースがあったのに……」

「時間の都合で短縮バージョンでやるって事前に打ち合わせしたよな?」

「……しました」

「謝罪は?」

「すみませんでした! 私めが悪うございました! 新歓の演奏を台無しにしてしまいました!」


 わざとらしく、三つ指をついて皆の前で土下座する水島。他人が見たら、そこまでせんでも、って思われそうだが、水島が勝手にやってるだけだし、彼女の場合効果を予測してやっているのが嫌らしい。大体、水島ほどの奏者プレーヤーが他の四人が演奏を止めていることに気付かないなんてあり得ないので、あの独奏は確信犯的にやってたに違いないのだ。


「……うむ。わかればよろしい。して、副部長、裁定は?」

「待って……うーん、演奏時間二十五秒オーバーだからマレットつつき二十五回の刑ね」


 木本は「吹奏楽部ルールブック」と書かれたノートのページをめくりながら、法を確認して、妥当な刑を選び出した。さすが副部長。事務処理は優秀である。


「ちょちょちょ、潔く謝ったんだから、ここは水に流す流れでしょう?!」

「よし、みんなマレット持って」


 水島の言には耳を貸さず、私は手を上げて皆に合図する。


「やったー、たのしそー」

「凛ちゃん、ふぁいと!……です」

「え、全員でやるの? 金森、土橋も? おい、神聖な楽器用のマレット使うのは冒涜ぼうとくじゃないのか?!」

「心配しないで。廃棄予定の持ってきたから」


 木本はそう言うと、手近の机の上に廃棄予定品が入ったプラスチック箱をどんと置いた。


「ご用意の良いことで……まさかその、折れたギザギザしたところでつつこうって言うんじゃ……」

「凛ちゃん、すみません、部長命令ですから」

「土橋なんか楽しそう? 金森、トライアングルのビーター叩き棒はやめて! 細くて硬くて痛い!」

「これビーターじゃないよー、ビーター廃棄しないしー」

「え、じゃあ、それ何?」

「家にあった鉄の棒ー。何かのシャフトかなー?」

「主旨と違うだろお!?」


 皆に廃棄のマレットやスティックでつつかれながら、いていて言ってる水島。制服破れたら嫌なので、折れて尖ったところでは突かないようにしているのがみんな優しい。


「さて、馬鹿やってるのもいい加減飽きたけど、この状況は悲しいなあ」


 暇なので裁判ごっこやってた私は、ふと我に返り、音楽室の中をぐるり見渡して溜息を一つつく。

 四月の第一音楽室。中央に机を固め、頑張って用意した吹奏楽の楽器を並べてある。トランペット、トロンボーンにホルン、ユーフォニアムにチューバらの金管楽器、クラリネット、フルート、オーボエ、サックス等の木管楽器。丁寧に磨いてピカピカにして、オイルもしてグリスも塗ったししリードも新しく削った。我々打楽器パート五人だけで準備した。だけど新入生が一人も来ない。みんな、吹奏楽部の実情を噂で聞いてしまったのかもしれない。たまに通りかかって何事かとのぞく生徒がいても、私たちが期待の目線を一斉に見せると、入り口で何かを察したのか、逃げるように去っていく。


「日崎先生は相変わらずだった?」

「うん。職員室にいたけど、こっちに顔出すつもりはないみたい」

「またか。いい加減クビになるんじゃないか?」


 裁きから復帰した水島が、私たちの会話に疑問を呈す。確かに、日崎先生の怠慢は少し問題だと思うが、職員室に詰めているだけでも顧問としては問題ないらしい。まあ私たちが苦情挙げてるわけでもないからか。


「言っても仕方ないけど、中学回りしてくれてたらちょっとは違ったかもね」

「日崎先生、そういう根回しもしてないの?」

「中学の先生に聞いたけど、来てないって言ってたわよ」


 木本と水島の会話を聞いて、私は溜息をまたつく。地方の吹奏楽部の顧問ネットワークはかなり狭いらしい。高校の吹奏楽部顧問が、熱心な中学校を回って情報聞いたりスカウトするっていうのは割と常套じょうとう手段だ。それすらやめたということは、本格的にやる気がない、というよりも日崎先生はもはや厭世えんせい的ですべてが投げやりになってしまっているのかも(燃え尽き症候群か鬱病か……)。私はあんまり、その姿勢をとがめるつもりはなかった。大人なんだし、色々あるだろうと思っている。しかし、今回の新歓に際して色々ミスが重なったのは腹立たしかった。まず、日程を直前まで伝えなかったこと。これは生徒会にヒアリングして何とかなったが、もう一つ、


「音楽ホールから体育館に会場が変更になったの、教えてくれなかったのはきつかったわね」


 木本が代弁してくれた。確かに、それがなければ新歓でのチューブラーベルの搬送ミスは起こらなかったかもしれないのだ。うちの高校には珍しく音楽ホールと体育館が両方ある。毎年、音楽系の部活はホールで別枠の歓迎会をやっていた。今年は時間の都合か何かで、すべての部活が体育館で歓迎会をやることになったらしいのだが、吹部は体育館なんて普段使わないから、直前で知らされても構造を把握していなかった。今さら言っても仕方ないのだけど。


「どうしてこうなっちゃったんだろうな」


 水島がぐるりと新入生のいない音楽室を見回して言った。それは、今の新入生が入ってこない状況と、顧問のやる気の無さを総括して言っているのだろう。


「やっぱり、一年の時の事件が尾を引いてるのかなあ」

 

 木本が天を仰いでそう言った。その話をすると、私たちは全員何とも言えない気持ちになる。もう丸二年経とうとしているのに、そのは私たちの運命をいまだに呪縛している。

 元はこの学校も結構な吹奏楽の名門校だったのだけど、私達が入学して三ヶ月後にいきなり事件が起きた。顧問の不祥事である。それも、複数の女子部員と不適切な関係を持っていたというものだ。すげえな! お盛んというかなんというか。最悪である。それが明るみに出ると、不祥事を起こした顧問は追放され、その代わりに来たのが日崎先生だったが、当時新任だった彼には火消しなんてできるはずもなかった。責任を押し付けられた日崎先生はやる気を無くしてしまったってわけだ。

 また、元々不満を抱えていた大多数の三年生部員はその事件を機に退部し、二年生は二十人残ったがほとんどがエンジョイ勢で、一年生も連鎖的に退部続出、私たちが二年生になって夏の大会を迎える前には、同級生で残ったのは元々ガチ勢だった、私たちパーカッションの部員五人だけになった。

 そして、上級生が皆卒業し、私達が三年になったこの四月には、とうとう私達五人だけになった。金管も木管もいなくなってしまっては、パーカッションだけが上手くてもどうにもならない。大会にも出場できない。

 せめて来年廃部になるのだけは防ぎたい、と思った。だから、なんとかして今年は複数の新入生を集めたかったのだが、この体たらくである。

 新入生が無理だとすれば、一番可能性がありそうなのは、


「元部員に声かけるしかないか」

「美穂、三年生だけ集めても、来年の廃部は避けられないわよ?」

「とにかく部員を集めて、コンクールに出て高い評価を取れば、その評判を聞きつけて新入部員が……年の途中からでも集まるかも……とてつもなく淡い希望だけど……」

 

 それに、一年生が来ない理由の一つには、今この部には打楽器パートしかいなくて、「管楽器を教えてくれる先輩がいない」というのもある。コーチ役としても三年生の経験者をスカウトするのは理屈上は正しい。


「うん、そう、だね……」


 木本が言い淀んでいる理由はわかる。なかなか、私達の同級生の元部員に声を掛けるのは気が重い。みんな、こんな部活のことなんか忘れて、新しい青春を歩んでいるだろうし。それに……

 二年の時も、同じようなことをやった。不祥事を起こした先生はいなくなったし、自由にやれるから戻って来てくれないかと説得しようとした。でも上手くいかなかった。私たちはその時強く拒絶された子には声をかけないで、少しでも望みがありそうな知り合いだけに声をかけることにした。

 まず私が声をかけたのは、同じ中学で吹奏楽部だった黄瀬きせさん。サックス担当だった子だ。


「美穂、聞いてるよ。去年アンサンブル全国行けなかったんでしょ?」


 黄瀬さんにはいきなりそう言われた。痛いところ突かれた。全国アンサンブル大会は、吹奏楽部のイベントの一つ。私たちは去年、その大会で県大会は突破したが、北陸支部大会で敗退した。でも、その情報を知っていると言うことは、まだ吹奏楽に興味を持ってくれているのかな?


「うん。でも、もう三年生もいなくなったし。楽器好きに使えるよ」

「ごめん、もう音楽はやめたんだ……他にやりたいことあるし」


 そう言われて、私は沈黙してしまった。


「そうか……わかった」


 しばらく考えた後、それだけ言った。

 強くは勧められなかった。とりあえず席だけ置いてっていうのも失礼な気がするし。それに、黄瀬さんが伏せた目線がどこか物悲しそうだったので、より強く拒絶されているように感じてしまった。


 次はトロンボーンの風丘かぜおか君。やはり同じ中学で吹奏楽をやっていた仲で、男子のムードメーカー的存在だった。今はバドミントン部に所属しているということだったが、うちの高校のバドミントン部はそれほど強くはないので、もしかしたら。


「今からじゃ、火野たちにはついていけねえよ」

「……否定はできないな」


 それでも一緒にやってくれないだろうか、なんて言葉は口には出せなかった。

 今の生活を棒に振って、敗残兵の私たちの青春を後押ししてくれなんて言えるわけがない。


「ほんと正直だよな、お前。お前たちだったら、無理だと分かっててもぜったい全国目指すだろ?」

「……」

「俺、去年のお前たちのアンサンブル、聴きに行ったんだぜ」

「え……」

「お前たちの音楽、すげえよマジで。俺なんかが入っていいレベルじゃないって、正直思ってる。でもさ、言うの酷だけど……俺だけじゃなくて、それについて行ける……行こうってやつはいないと思うぜ」


 もっともな話だった。私たちは入部してもらって人数が揃ったら、きっと全国大会出場を目標にするだろう。たとえそれを口に出さなかったとしても、無言の圧迫が新しい部員に追随を強制することになる。何が起こっても最後まで全力であろうとする打楽器パートの姿勢が、猶更なおさら普通の人を遠ざけている。私たちが奏でる音楽は、南高では異端すぎるのだ。

 去っていく風丘君の少し丸くなった背中を見て、私は少し手を伸ばそうとして引っ込めた。ひょっとしたら、彼には未練があるのかもしれない。だけど、あったからといって何だというのだろう。もう道をたがえてしまってから一年以上の月日が流れている。取り戻せる一年じゃない。私の知る風丘君は、吹奏楽が好きだった。きっと今でも、好きなんだと思う。だからこそ彼は私達のもとへは来ない。

 私は、風丘君が校舎の角を曲がる直前に、誰にも聞こえない大きさの声で一人呟いた。


「ありがとう、風丘君。ちゃんと、言ってくれて」




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