第二話 救出 -Rescue-
時速100km以上で走行するビートルによる対人(?)事故という、人によっては居合わせただけでパニックになってもおかしくないショッキングな状況ではあったが、僕は―偶然僕を助けた可能性が高いと分かった上で―命の恩人を助けたいという思いから、出来るだけ冷静を保とうとした。
(災害対策の講義を取っておいて良かった……)
学校での講義は、ある程度生徒側で何を勉強するのかを選ぶことができる。僕としては、災害対策のような今後一生使うか怪しい技術より、遺物分類学みたいなより実用的な科目を勉強したかったが、この光景を見れば「楽単だよ〜」とか言って受講に誘ってきたシータに感謝するしかない。
「確かこの辺りを押せば緊急脱出機能が作動するはず……うわっ!?」
そもそも個人向けの交通手段として最も一般的なビートルに乗るということは、嫌な言い方をすれば虫の体内に入ることと同義であり、それに基づけばこの脱出機能が意味することは昆虫で言うところの吐き戻しに近い。そして実際にプログラムが正常に作動して、硬いビートルの甲殻に守られている乗員だったものが、衝撃を和らげる粘液に包まれて夜空の下に思い切り投げだされた訳だ。いやぁ……事前に授業で聞いていたとはいえ、現実に目の当たりにすると絶対もっといい方法あっただろうと思わざるを得ない。少なくとも僕は同じ目には遭いたくない。いやそうじゃない早く救命活動をしなくては!
「大丈夫ですか! ……えっ?」
僕が投げ出された方向に走り、砂の上に横たわる女の人を見たときに最初に気づいたことは、その綺麗な顔つきとか、腰に身に着けた電子銃とか、全身の至る所に傷を負っていることとかではなく、彼女が遺物を身に着けているということだった。それも全身に。
(なんだこれ……もしかして全部遺物? しかも状態からして二級や一級遺物ばっかりだ……。首に下げているヴォルベラなんか状態によっては、下手すればさっきのビートルより価値があるんじゃないか……?)
そして僕は目の前の女性のことを忘れ、彼女の首に掛かったヴォルベラに手を触れようとした瞬間、まともに動けるようには見えないほどの重傷の彼女が片目を開けて――
「ん」
ホルスターから電子銃を抜き、僕の額に正確に狙いを定め引き金を引いた。僕が目の前に銃口が向けられていることを認識するよりも先に。
「……は?」
だが、放たれた光線は僕の頭の僅か数センチ上を、毛髪を数本チリにしながら通り過ぎて、空へと消えていった。そして銃声に体が反射的に反応して地面にへたり込んでから、ようやく撃たれたことに気づいた僕は全身の毛穴から汗が吹き出し、背筋が凍えるように震えだした。しかしそんな僕の様子には一切構うことなく、彼女は何事もなかったように起き上がり、体にへばりついた粘液を払いながら吐き捨てるように喋りだした。
「クソっ、腕が折れてたか……ああなんだ子供かよ。ってことは目的地には着いたのか。つーか何があった? なんか全身ベトベトして気持ち悪いなオイ!」
さすがに、あやうく僕を殺しかけた人から矢継ぎ早に色々言われてまともに会話できるほど、タフな精神は持っていない。それでも目の前の存在が全く話の通じない殺人鬼の類ではないことが分かり、ほんの少しだけ冷静になった僕の中では今すぐこの場から逃げようとするよりも、目の前の存在について知りたいという好奇心が勝った。まあ無意識の内に、ここから逃げたところで、この場での生物ピラミッドの頂点にいる彼女はその気になれば僕を逃がしはしないだろうと、逃走の選択肢は早々に諦めていたというのもあるのだが。
「あなたは……いったい……?」
「オレか? オレの名はアルス。『シルバーバレット』のアルス・ルミナスだ! ……全身痛ってぇなマジで……」
アルス・ルミナスと名乗った彼女は、親指以外を立てた片手を見せるポーズをした。おそらく人に見せるために練習したのだろうが……その直後に彼女は体中に走る痛みからか顔をしかめた。というより、その怪我で顔をしかめる程度ですんでいることが奇跡のように思える。
「ビートルで岩に思いっきり突っ込んだ直後なのに、なんでまともに動けているんですか……」
「そりゃあ事故ったくらいでくたばるように鍛え方は……って事故?」
まさか彼女、事故を自分で起こした記憶がないのだろうか? そんなふうに唖然としていると、アルスは僕に説明を求めるような顔をしたため、僕は苦笑いをしながら彼女の後ろにある事故現場を指さす。そうしてアルスは振り向いた瞬間、目を見開く。
「オレの……買ったばかりのビートルが……!」
どうやらアルスはようやく自分で起こした事故に気づいたらしい。そしてアルスはその場にへたり込み、自分が置かれた状況を理解し緊張がほぐれたのかお腹からグ〜という情けない音を鳴らした。そんな様子を見て僕は、先ほどの罪滅ぼしとして、荷物から自分が食べる予定だった夜食を取りだし、声をかける。
「あの……。とりあえずご飯でも食べますか?」
---
「なんだこれ!めっちゃうまいじゃねーか!これ本当に元は圧縮食なのか!?」
「とはいっても、ちょっと自分で味付けしただけですけどね」
圧縮食というのは、簡単に言えば重量や栄養素はそのままに体積を十分の一以下にした食料のことだ。栄養価的には満点らしいが、どうやら味は圧縮によって濃くなりすぎないように、元からかなり薄めに作られているらしい。だから僕は余った食料から味覚成分を抽出して、こういった外に出る日に食べるお弁当のために調味料を作っていたのだが、どうやらアルスにも喜んでもらえたらしい。
そして岩から引っ張り出された、そしてやはり酷い具合に損壊しているビートルを見て、アルスは愚痴るように言った。
「やっぱりユタニ製の自動運転システムは駄目だな。寝てる間に目的地に着くなんてセールスが豪語してたからその通りにしてみたら、あんな馬鹿デカい障害物に正面衝突するなんてさ」
そういうマーケティングって大抵「実際の運転では常に操舵棒を操作できるようにしてください」といった保険をかけるような注釈が付いているものだが、あれってこんな感じに事故を起こす人がいてもリコールできないようにするためだったのか……。なんて誰に向けているか分からない感心はほどほどにして、そろそろ最も重要なことを聞いてみることにした。
「アルス……さんは一体どうしてこんなところまで?」
「おっ、やっぱり気になるか少年! それは……言っていいんだっけか」
さっきの事故といい、大丈夫なのかこの人? ……色々と。そうしてアルスは遠くに放置していたビートルの荷台から何かを探しに歩いていったが、遠目に見ても分かるぐらい乱雑に積まれた荷物から目的の物を見つけるのは相当大変そうに見える。手伝ってあげるべきだろうか……。いやちょっと待て、あそこの奥に見えるのってゴブリンじゃ……? 一匹じゃなかったのか!?
「どこに置いたっけな……?」
「グガァ……」
「危ない!」
少なくとも僕が見た限りでは、アルスはゴブリンの攻撃を受ける直前まで銃を抜いていなかった。それにも関わらず、アルスに襲い掛かったゴブリンは先ほど僕が間近で見たのと似た光に貫かれて動かなくなった。光の源を見ると、そこには空中に浮かぶ小さな箱のようなものがあった。物体を浮かばせる技術自体はアンチグラビティシステムとして確立されていて、決して驚くようなことではない。だけどあれは確かビートルみたいなでかくて重い物にしか使われていなかったような……?
そんな僕の疑問は解消されないまま、アルスは周りを見渡して舌打ちをした。またゴブリンが出て来たのだ。それも今度は五……いや十匹ほど。
「一匹殺したなら当然群れが出てくるよなぁ……面倒くせぇ。おい少年、流れ弾で死にたくないなら伏せとけ!」
「えっ……はい!」
そして僕が伏せる動作を合図に、アルスとゴブリン達の戦闘が始まった。明らかな数的不利だったが、アルスの電子銃と先ほどの浮かぶ箱によって手数では互角以上に見えた。そんな中で、アルスは余裕そうに口を開く。
「ああ、それでな少年。オレはここにな……」
「この状況で話続けますか、普通!?」
「……レリックを探しに来た!」
……今なんて言った? レリックって大戦を終わらせた、というより世界を滅茶苦茶にした最悪の兵器のことか!?
☆ ☆ ☆
第二話書き始めてから気づいたのですが、カクヨムってあとがきとかを分割する機能ないんですね……。
せっかくなので本編に入れるほどでもないけど、この作品の世界観を理解する手助けになるような情報を【Tips】として書いていきます。
【Tips】
・タブラ・ラサ(三級遺物)
手のひらに収まるサイズの薄い板。毎年世界中で数万枚単位で発掘されている、コレクター達が最もよく見る―そして最も見たくない―遺物。明確に表と裏が存在していて、それぞれ表面を構成する物質が異なる。どのタブラ・ラサにも表面には一つ以上の目のような器官がついている他、側面には接続を目的としているのであろう穴の存在が確認されているため、タブラ・ラサは遺物ではなく絶滅した固形スライムの一種ではないかと推察する学者もいる。しかしながらこの仮説に基づくと、穴ではなく突起を持つ物が存在することが推測されるが、現在までそのようなタブラ・ラサは確認されていない。
・ヴォルベラ(一級遺物)
この遺物は柔らかい帯状の部分と、その帯に固定された小さな塊という、二種類の物体によって構成されている。特筆すべきは小さな塊の内部構造で、遺物の中でも非常に多くの部品が詰められており、内部に残っている部品数が多いほど高値で取引されている。また、その表面には必ず文字や数字、またはその両方が書かれているのだが、経年劣化から単語や文字が不完全であるものがほとんどで、現在でもその意味を解読できているものは少ない。
レスト・レリック・リコレクション 某氏奴 @bow-xing-yha
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