メリー・クリスマス

志乃亜サク

あわてんぼうのサンタクロース

 今日はクリスマス・イヴ。

 商業施設から漏れだすクリスマスソングの流れる駅前は煌びやかなイルミネーションに彩られ、往来する人々の足音もどこか軽い。


 仕事帰りのぼくは、そんな浮ついた街の喧騒を抜けて、静かな住宅街を抜けて家路を辿る。

 暗い夜道には立ち並ぶ家々の窓から柔らかな光が落ちている。この光のひとつひとつに家族や恋人たちの笑顔が染み出しているように感じられて、ぼくはコートの襟に顎を深く埋め自分の爪先だけを見ながら安アパートの一室へと帰った。

 誰も待っていない、冷たい部屋へと。


 

 部屋の明かりをつけて、ちゃぶ台の上にバイト先で貰った売れ残りのチキンレッグと帰りに買ったビールを1本置く。

 玄関のチャイムが鳴ったのは、残りのビールを冷蔵庫に入れようと台所へ踏み出したその時だった。


 「メリークリスマス!」


 玄関を開けると、セクシーなサンタ姿の女の子が立っていた。


 ――知らない人、きた。


 ぼくはすぐにドアを閉めた。


 ところが。

 扉が閉まる直前の隙間に女の子の赤いブーツが差し込まれて阻止された。


 「ちょっ、何してるんですか!?」


 「痛い痛い痛い。挟まってるから。足挟まってるから一回ドア開けて」


 「いま自分で挟んだでしょ?」


 「いいからいいから。一回開けて」


 少し扉を開けると、今度は身体ごと滑り込ませてきた。手慣れている。


 「いやー。危なかったわー。ホネ折れるかと思ったわー」


 「どう考えても今のはアナタが悪いでしょ」


 「とりあえず立ち話もなんだから、ね。お邪魔するよ」


 「待って待って。靴脱いで」


 結局、勝手に上がり込んできた。一体何なんだ、この子は。


 「あら、男一人暮らしの割に結構片付いてるやん」


 女はちゃぶ台のビールを勝手に開けた。


 「それはどうも。それより、何しに来たんですか?」


 「何しにって……見たらわかるやろ?」


 女はサンタ衣装を見せつけるように両腕を開き片足を上げた。パーデンネンのポーズ。古い。

 よく見ると、背は低いけれども整った顔立ちの美人だ。肩で揃えられた栗色の髪がよく似合っている。

 年齢は……いくつくらいだろうか?30歳の自分よりだいぶ年下にも見えるし、逆に年上にも見える。


 「いや、サンタのコスプレはわかりますよ」


 「誰がコスプレや。ホンマもんのサンタやっちゅうねん」


 「本物?」


 「せやで」


 「帰ってもらっていいですか」


 「なんでやねん。まあ、話だけでも聞いてや」


 彼女の話を要約すると、ひとり寂しく聖夜を終えようとしている世のロンリーボーイの願いを叶えるため、星空が遣わしたあやかしの類なのだという。

 

 「誰が妖怪や」


 「だってサンタが突然押しかけてきて『ハイ、そうですか』とは普通ならないでしょう?」


 「まあ、気持ちはわからんでもないけど」


 「本物のサンタかどうか、いくつか質問させてもらってもいいですか?」


 「おう、ドンとこい」


 「それではまず……どこから来たんですか?」


 「……デンマーク?」


 「いや疑問形で返されても。ふつうフィンランドとかじゃないですか?」


 「そう。そこや」


 「めちゃくちゃ関西弁じゃないですか。まあいいや、次の質問です」


 「こい!」


 「トナカイはどこにいるんですか?」


 「トナカイ?」


 「いや、電車で来たわけじゃないでしょう? まさかトナカイいないんですか?」


 「おるっちゅうねん。ちょっと来てみ」


 サンタが窓際でカーテンを開いてぼくを手招きする。ふたり並んで窓の外を見ると、サンタから石鹸のちょっと良い匂いがした。


 「あれがウチのトナカイや」


 指さす先の路上に一台の車が停まっている。


 「ステップワゴンじゃないですか。あそこ路駐してると駐禁切られますよ」


 「……まじで?」


 「まあ、さすがにイヴに取り締まらないかなあ。知らんけど。では次の質問」


 「まだ疑うんや。ええけども」


 「今んところ本物のサンタだと確信できる材料が何にも出てきてないですからね。それじゃ……何かクリスマスソング歌ってもらおうかな。『サンタが町にやってきた』とか歌えます? 英語で」


 「英語で?」


 「あれ、英語は無理ですか?」


 「歌えるっちゅうねん」


 サンタはひとつコホンと咳払いして歌い始めた。


 ♪ベラワッチャ、ベラナッライ


 「待て待て待て」


 「なんや」


 「なんすか『ベラワッチャ、ベラナッライ』て。適当にも程があるでしょう?」


 「フィンランド訛りや」


 「うっすら雰囲気で覚えてるだけじゃないですか」


 「違うわ! 続きええか?」


 「……どうぞ」


 ♪ベラワッチャ ベラナッライ

  ハハハンハン ハハハンハン

  サンタクロース イズ カミン トゥタウン


 「途中ずっとハミング!」


 「なんや、やんのかコラ」


 とりあえず、自信のある部分だけ歌声が大きくなるタイプだということがわかった。


 「もうええやろ。そろそろ本題に入りたいんやけど」


 「すんません、最後にひとつ良いですか? とても大事なこと忘れてました」


 「なんや改まって」


 「年齢はおいくつで?」


 「んがっ!? 女性にそれ聞く?」


 「大事なことです。未成年……には見えませんけど、万が一未成年を部屋に連れ込んでるとボク捕まっちゃうんで」


 「……25や」


 「25? ホントですか?」


 「なんやねん。あ、こないだ誕生日やったから27や。27」


 「何で誕生日迎えると2歳上がるんですか。まあ、未成年ではなさそうですね。ちなみに子供の頃聴いてたクリスマスの曲といえば?」


 「辛島美登里『サイレント・イヴ』


 「年上やないか!」


 「今の間違い! BoAの『メリクリ』だったわ」


 「それでも微妙に古い感じがしますが……まあいいでしょう。そろそろ本題に入りましょうか。何しに来たんです?」


 「単刀直入やな。まあ、そのほうが助かるわ。アタシはサンタクロース。デンマ……フィンランドからクリスマスを独りで過ごすロンリーウルフを救うためにやってきた愛の戦士よ!」


 「それはさっき聞きましたけど」


 「そんなアナタの願いをひとつだけ、なんでも叶える大盤振る舞い!」


 「え? 何でも?」


 「せやで。ひとつだけ願い事を叶えたるわ。さあ、アナタのろくでもない願いを言ってごらん!」


 「愛が欲しい!」


 「売り切れや!」


 「ええ……」


 サンタはむかつく顔で胸の前に両腕でバッテンを作っている。なんてむかつく顔なんだ。


 

 「大体な、『愛』だの『恋』だの願うヤツ多過ぎんねん。クリスマス当日に言うなや。とっくに品切れ中やっちゅうねん。アホか」


 「なんだこのサンタ口悪いな」


 「そんなアナタに朗報です」


 「情緒」


 サンタは持参した大きめのトートバッグを引き寄せると、中から衣服のようなものを取り出して並べた。


 「じゃーん。今日はクリスマス・イヴ特別キャンペーンとして、こちらの『くのいち装束』と『体操服』が無料なんやで!」


 「クリスマス関係ねえ! え、話が見えないんだけど。それボクが着るの?」


 「なんでやねん。本来はオプション料金かかるところ……ごめん、ちょっと待ってもらって良い?」


 そう言うとサンタはさっきから着信が鳴り続けている携帯に出た。

 なんだか深刻そうな顔で「え、間違い?」「『コーポ山田』じゃなくて『ラトゥール津田沼』? 田しか合ってないやんけ」みたいなことを言っている。


 「ごめん。なんか色々手違いがあったみたいでフィンランド帰らなアカンねん」


 「はあ。何かよくわからないけど大変ですね」


 「お兄さん優しいわ。その優しさがあればきっと彼女とかすぐできると思うわ。お詫びといってはなんだけど、コレ置いていくから彼女できたら楽しんでな。サンタさんからのプレゼントや」


 そういってサンタはくのいち装束を置いて慌ただしく玄関から出て行った。


 結局、最後まで彼女はサンタという『設定』を崩すことがなかった。それはまさしく、プロの仕事と言えるものだった。


 ぼくは窓辺に寄り、通りを見下ろす。サンタクロース姿の女の子が、ステップワゴンの横で頭を抱えているのが見えた。結局、駐禁切符をきられたらしい。


 あわてんぼうのサンタクロース、か。


 誰にともなくそう呟きながら、ぼくはカーテンを閉じた。

 ありがとう、悪くないイヴだったよ。



 ひとつだけ難を言うならば――。


 くのいち装束がぼくのサイズ的にピッチピチで苦しい。


 「ふんっ」と腹筋に力を込めると、背中がパァン!と裂けた。


 

 すべての孤独な夜に、メリー・クリスマス。


 


<了>


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