第22話 最初からアンタは怪しかった

 私の「仕事」は実に簡単なものだ。



 駅のコインロッカーに入れられたアタッシュケースを回収し、例の廃工場に持って行く。



 これだけだ。



 ただし、アタッシュケースの中身は絶対に見ないこと。



 それが私に与えられた、唯一の指示だ。



 駅に入ると私はまずトイレに向かった。



 清掃中の看板が立てかけられていたが、それを無視して中に入る。



 清掃員が私を認めると、会釈した後、トイレを出て行くのだった。



 私は辺りを注意深くうかがい、誰もいないのを確認し、1番奥の個室に入った。



 鍵を閉めて、便座に腰を下ろす。



 心臓が激しく胸を叩く。



 よし!



 自らを奮い立たせ、トイレのタンクを開けた。



 水の中には、ビニール袋が入っている。



 手を突っ込み取り上げた。



 ビニール袋の中には、盗聴器が入れられているのだ。



 私は服を脱いで体に装着する。



 これで私がかわす会話は全部、この辺りに待機しているはずの刑事たちに筒抜けとなるのだ。

 もちろんその中には、実浦もいるのだろう。



 あとは私がアントニオからうまく話を引き出せるかどうかだ。



 服を着て再び駅へと戻り、ロッカーに向かった。



 45番のロッカーを探す。あった。



 あらかじめ受け取っていた鍵でドアを開け、ボストンバッグを取り出す。



 結構な重さだ。



 私はアタッシュケースを肩に背負い、駅前で客待ちをしていたタクシーに乗り込む。



 住所を告げると、タクシーは滑らかに走り出す。



 後部座席の私は振り返った。



 何者かが付いて来る様子はない。



 不安が大きくなる。



 大丈夫か?



 いや、私が心配する必要はない。彼らはプロだ。素人の私にわかるような尾行などしないだろう。



 もうすでに計画は始まっている。



 やるしかない!



 ほどなくして、タクシーは私が告げた場所に到着する。



 目の前に百貨店がそびえ立つ。



 私は店内に入ってあてもなくぶらついた後、裏口から道路に出た。



 しばらく歩いて駅に行き、電車に乗り込んだ。



 これはすべてアントニオからの指示だった。



 万が一、何者かに尾行されていたら困るためだろう。



 ようやく廃工場に辿り着いたとき、私は汗だくになり、足も若干ふらついていた。緊張が想像以上に私を疲弊させているのだ。



 アタッシュケースを担いだまま歩き回るのは、かなりキツイ作業だった。



「よう。ご苦労たったな」



 黒塗りの車のボンネットに腰掛けていたアントニオは、タバコを地面に投げ捨てた。



「どうだ。簡単だっただろ?」



「まあね」



 私はアタッシュケースを地面に投げ捨てる。重労働から解放されて、スッと体が楽になった。



「中身は見てないだろうな」



「そんなら余裕なんてあるわけないでしょ。こっちはいつ職質されるかヒヤヒヤしてたんだから」



「そうか。だが、お前は肝が座ってる。そんなヤツは大丈夫だ。

 職質されるのは、挙動不審のヤツなんだよ」



「ご講釈をどうも。

 それより、確認しておきたいんだけど」



「なんだ?」



「アンタが殺した童貞の遺体はどうなってんのよ」



 アントニオは口角を持ち上げる。



「お前が筆下ろししてやったんじゃなかったのかよ」



「口でしてやったらイッちゃんたのよ」



「なんだよ、かわいそうに。女の穴を知らないままであの世か」



「で、どうなのよ」



「なんでそんなことを聞くんだ。まさか騙した罪滅ぼしに、墓参りでもするつもりか?」



「するわけないでしょ。

 あんな馬鹿の墓参りなんか。

 私が聞きたいのは、私が裏切ったときのために、私が殺したように偽装してんでしょってことよ」



「勘がいいな。その通りだ」



「今さら裏切るわけないでしょ」



「いい心がけだな。感心感心」



「だから遺体は警察に見つからないところに隠してあるんでしょうね。

 それにアンタの指示でった組長の愛人のリヒトの遺体はどうなのよ」



「心配すんな。お前がいい子で『蝶』をやってる限りは、表沙汰になることはねえよ」



「私がった蝶のタトゥーが入った女は? 阿座三会の──」



「どうした? 今日は、やけにしゃべるじゃねえか」



「こっちはこれからアンタらの使いっ走りにされるだから、話くらい聞かせてくれたっていいじゃない」



「俺の話を聞きたいのは、お前じゃねえんだろ?」



 黒塗りの車の後部座席のドアが開く。



 私は息を呑んだ。



「実浦さんは、ここには来ないよ」



 葉隅だ。

 実浦と一緒に、竜司が殺されたと告げに来た刑事だ。



「なんで、アンタがここに……!?」

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2026年1月12日 20:42
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