第21話 すがれるなら藁だって無いよりはマシなはず

 私は夜のコンビニにいた。



 もうすぐ0時になろうというのに、店内には人が多い。

 飲み会の帰りだろうか、大学生たちが大きな声で騒いでいる。



 私はフードコートでコーヒーを飲みながら、ガラスに映る自分の顔を見つめた。



 なんて酷い顔をしているんだろう。



 目がくぼみ、クマができている。肌にはハリがない。もしも30歳だと言ったら、誰も疑わないだろう。



 この数日、あまりにも多くのことがあり過ぎた。



 少しでも良い方向にと、必死にもがいてきた。それなのに私が望む場所からはどんどん離れ、泥沼にはまっていく。



 どうすればいい?



 答えは決まっている。



 後はやるべきことをやるだけなのだ。



「まさか、アナタから連絡をいただけると思いもしませんでしたよ」



 老刑事──実浦は隣の椅子に座った。



 私は素早く店内を見回す。騒がしい大学生たちは帰ったらしい。



「安心なさい。1人で来ましたから」



 実浦は顔に深い皺を刻んだ。



 まるで孫か娘でも見ているかのような表情だった。



 もしかしたらこれから私がしようとしている話の内容に、察しがついているのかもしれない。



「で、取り引きしたいと電話で言ってましたが」



「アントニオ左柄って知ってる?」



 実浦の表情がにわかに曇る。



阿座三あざみかいの?」



「『蝶』にならないかって言われてる」



「言われてる、ではなく強要されてるわけですね?」



 私は鼻を鳴らした。

 その通りだ。

 間違いなくアレは提案ではなかった。私に拒否権は与えられていない。アントニオもまた、断られるとは思っていないだろう。



「では、警察で保護しましょう」



「それじゃあ駄目だ」



「もちろんアナタの母親と娘さんも──」



「奴をパクって、2度とシャバに出て来れないようにしてもらいたい。でなきゃ、いずれ私たちは殺される」



 実浦は大きなため息をつく。

 疲れた、と言ってるような気がした。



「私には、折宮さんと同じくらいの娘がいましてね。

 些細な口論がきっかけで、娘は家出をしてしまったんですよ」



 いましてね、と言ったのを聞き、私にはなんとなく話のオチが想像できた。

 娘を持つ身としては、あまり聞きたくなかったが、老刑事は淡々とした口調で語る。



「家出をしてから半年後、娘は遺体で発見されました。

 麻薬の過剰摂取でした。

 そして娘の体には、蝶のタトゥーがありました」



 私は実浦を見た。

 表情はない。感情をどこかに忘れてきてしまったみたいだ。



「娘は、阿座三会に囲われてたんだとすぐにわかりました。

 ただ、残念ながら証拠がない。

 奴らは用心深く、狡猾で、決して自分たちに捜査の手が及ばないようにしているんです」



「もしも現行犯なら?」



 実浦の白髪が混ざった眉毛がピクリと動いた。



「運び屋をやれって言われてる。

 何を運ぶかは聞いてないけど、きっとまともなモンじゃないはず」



「つまりアナタが囮になると?」



「ああ。それからアントニオに犯行をしゃべらせる」



 私は矢継ぎ早に続けた。



「私は捕まってもいい。その代わり、アントニオを必ずブタ箱に入れて、2度と出て来れないようにしてほしい。それが私の条件」



「失敗したら、殺されるかもしれませんよ。成功したとしても、しばらく娘さんには会えなくなる。

 もしかしたら、一生刑務所かも」



「覚悟の上だ」

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