中学生、親に同人誌を買わせる

ぴよぴよ

第1話 中学生、親に同人誌を買わせる

子供はキャベツ畑から生まれないし、コウノトリが運んでくるわけでもない。

それを知ったのは、小学校高学年の頃だった。

我が家では、子供は橋の下から拾ってくることになっていた。川の上流から人間のもとが流され、下流で人の形を得て流れ着く。その中から気に入った赤ん坊を選ぶシステムであると。

母は作り話の達人で、赤ん坊漂流システムについてかなり詳しく私に語っていた。

私はすっかり騙され、小学校低学年まで赤ん坊は川から拾ってくるものだと信じ込んでいた。


しかし友人の情報や性教育で、現実を知っていくことになる。

小学校高学年になる頃には、すっかり性的なことに興味津々になっていた。

中学生ともなると、友人と猥談に花を咲かせた。えげつない内容であればあるほど笑えた。

だが所詮中学生。多少知識があるとはいえ、知らないことも多い。

くだらないことに詳しいと思えば、初歩的なことを知らないことだってザラだった。

この世の中に、思っている以上に性的なものがあると知らなかった。

私の性的な旅は、ある一冊の本当の出会いから始まる。


これは私が中学一年生の頃。

そろそろ十三歳の誕生日が近づいていた。誕生日になると、祖母がご馳走を作ってくれ、両親からプレゼントがもらえる。毎年楽しみにしている日だ。


プレゼントで欲しいものがあった。クラスの女子たちが教室で読んでいた漫画だ。

私が好きな少年誌のキャラクターが出ており、本屋で見たことのないものだった。

絵柄は違うが、イラストが綺麗で面白そうである。

一人の女の子に「その本は何?」と声をかけると、

「漫画のファンの人たちが作っている本だよ。本編に出てこない部分を、ファンが想像して描いてるんだよ」と丁寧に教えてくれた。

なんと。世の中にはそんなものがあるのか。そんな素晴らしいもの、今まで知らなかった。

「読んでみたいな」と言うと、

「アニメショップに売ってあるから、そこで買うといいよ」と言われた。

大切なものなので、貸し出しはしていないらしい。


アニメショップなら父の会社の近くにあるそうじゃないか。父に頼もう。

私はウキウキで父に電話して本を依頼した。タイトルを告げると、買ってきていいと言ってもらえた。

やった!とても楽しみだ。ファンの描いた本なんて見たことがない。きっとすごく面白いのだろう。


待ちに待った誕生日の日。祖母のご馳走を平らげて、ケーキを咀嚼していると、父が帰ってきた。手にはアニメショップの袋を持っている。

「お誕生日おめでとう」そう言って、袋を渡してくれた。

これを一番に楽しみにしていたのだ。


自分の部屋でゆっくり読むことにした。本を開くと、漫画のキャラクターたちが温泉旅行に行ったり、レストランに行ったりしている。本編にはない物語があって面白い。


しかし。すぐに私は違和感に気づいた。


本のページがところどころ切られている。ハサミを入れたような跡があった。

ナスのヘタを切り落とすような大きなハサミ。それで切られた跡がある。

キャラクターのセリフが丸々切られているところもあった。

流石に気になって仕方ない。これはどう言うことだ。


慌てて表紙を見ると、成人向けの表記があった。

私はそのまま部屋の中で崩れ落ちた。

なんてことだ。私は父に成人向けの本を買わせていたのだ。

ハサミで切られていると言うことは、父はこれを読んだのだ。まだ幼い私には刺激が強すぎるからと、泣きながらページを切ったに違いない。

罪悪感と取り返しのつかなさに、私は思わず叫んだ。成人向けの本を広げたまま悲鳴を上げた。


そしてドタドタと母の元へ走って行った。

「これ成人向けの本なんだけど!?」と母に言った。なぜ母に言ったのかわからないが、誰かに助けを求めたかったのだろう。

母は「お父さんが悲しんでいたよ」と静かに言った。

「ページが切られているよ」と事実を述べると、「そうだろうね」と言われた。

見れば、母の目が仏のように澄んでいる。こんなものをねだっても、母の子供であることに変わりない。全てを受け入れようとする慈愛の瞳がそこにあった。

その瞳に圧倒され、私は後退りした。


母も父も、私が親に成人向けの本を頼むような人間だと誤解している。

それは許せぬ誤解だ。

「知らなかったんだよ。成人向けの本だって知っていたら、頼まなかったよ」と弁明しても無駄であった。

「そう言うのに興味がある年頃だから、仕方ないよね」と言われるばかりだ。

本当だ。知らなかったのだ。

こんな恐ろしいことになるなんて。知っていれば、私は父に頼むなど家庭崩壊ルートを歩むことはなかっただろう。これは事故だ。誰か信じてくれ。

祖母にまで「成人向けの本をお父さんに頼んだんだって」と言われてしまった。

家族全員が私の成長を受け入れようとしている。

「誤解だ」と叫んでも、みんな優しい目で見つめてくるばかりで、誰も信じてくれなかった。


許せん。教室の女子。あの子が成人向けだってちゃんと説明してくれていたら、こんな悲劇が生まれることはなかったのに。

何が買うといいよ、だ。お前のせいで、私は一世一代の大恥をかいている。


学校に向かうと、私は本を紹介してくれた女の子のところへ行った。

「どうして成人向けだって言ってくれなかったの?お父さんに買ってきてもらったじゃないか」と私がクレームをつけると、彼女は悪魔のように笑い出した。

なんて恐ろしいやつ。私の苦しみなんて彼女にはエンタメにしかならないのか。

一通り笑い終わると、彼女は

「この世には同人誌って言うものがあるんだよ。私が読んでいたのは、成人向けの同人誌。だから貸さなかったのに。家族に買わせるなんて思わなかった」と言った。


ああ、一年に一度のお誕生日が。忘れられない記憶になってしまった。

私はこの先も「親に成人向けの本を買わせたやつ」として一家団欒を作らねばならない。我が家の苦悩話として、未来永劫語り継がれるだろう。


私がショックのあまり固まっていると、女の子は慰めてくれた。

「同人誌はオリジナルのやつもあるよ。成人向けも全年齢向けもあるんだ。面白い世界だから、きっと君も気にいるよ。親にバレないように買ってみるといいよ」と言ってくれた。

有益な情報をもらえた。

この世には性的なものがまだまだ沢山溢れているのか。なんて素晴らしいのだろう。

性的なものを購入するなんて考えつきもしなかった。

家族にバレたら大変だし、私が所有できるエッチなものなんて、少年誌のお色気漫画くらいだったのだ。それか古事記。後は電子辞書に卑猥なことを言わせるくらいだった。

それよりすごいものが見られるなんて。この世には希望が溢れている。


家に帰って、母のスマホで破られた同人誌のページを検索した。

想像以上にものすごいことが行われていた。自分が知らない単語も沢山あった。

なんていやらしいのだろう。そしてなんと興奮するのだろう。

父はこれを切ったのか。悲しみに暮れながら同人誌を切る父の姿が浮かんだが、それよりも興奮が勝ってしまった。そこは中学生。いやらしいものに勝るものはない。


あんなにすごいことが行われているなんて。これはぜひ他の作品も欲しい。

でも成人向けだ。大人になるまで我慢しないと。

まだ中学生だ。成人するまで読まない。そこは守ろうと思った。中学生なんて少年誌と古事記で十分である。素晴らしい世界は大人になるまでお預けだ。



しばらくして。私はとうとう成人になった。

大人になった嬉しさより、同人誌を合法的に買える嬉しさが勝った。車を運転できるとか、酒が飲めるとか、そんなものより同人誌だ。

ここまで本当に長かった。何度掟を破って成人向けの本を買おうとしたことだろう。

何度も衝動に負けそうになった。

でもルールは守らなくてはならない。お子ちゃまが成人向けなんて読んでいたら、立派な不良だ。私は不良にならずに済んだ。


王手のアニメショップにて。年齢確認を行って、同人誌を買う私の姿があった。

やっと堂々と同人誌を買える。嬉しくて何冊も購入してしまった。

ジャンルは様々。いろんなものを見ようと思ったのだ。


自分の部屋で同人誌を広げた。そこにはずっと待ち侘びていたものがあった。

性癖が捻じ曲がるような描写。脳みそを直接殴りにくるような卑猥な光景。

ここでは明記できないが、タコやイカが出てくるもの。いろんなシチュエーションのものがあった。

危なかった。子供がこんなものを見たら、脳みそが焼き切れてショートしているところだった。大人だから耐えられた。大人になってから見てよかったと心から思った。


この世にはこんなにもいやらしいものが溢れているのか。世の中最高。

人間の想像力というのは底がない。

ここまで文明を築き上げた人間だ。ただの生殖行為にも様々な意味を見出し、娯楽として楽しむ知能があるのだ。いやはや人間でよかった。


人間の素晴らしき文化に触れた私は、それからも同人誌を買いまくった。

個人的にはオリジナル同人誌が好きだ。

作者の性癖が詰まっており、自由に描かれたもの。それにこそ人の持つ小さなコスモが広がっているというものだ。


購入された同人誌は押入れ行きになった。堂々と部屋に飾っている人が羨ましい。

こちとら家族と同居中なのだ。コレクションを飾る場所は無いに等しい。

私の性癖の塊が実家にあることを家族は知らない。

押入れの封印は、私が脳汁を出すときにのみ解かれた。


ところが、私の秘密の同人誌生活もすぐに終わりを迎えることになる。



ある時大学から家に帰ると、机の上に同人誌が置かれていた。きっちりと綺麗に置かれている。何者かが封印を解いたのだ。祠は見事に壊された。

私は大声で叫んだ。

もう言い訳できない。これは私が買って集めたものだ。

部屋を見ると、冬物の服が出されている。衣替えだ。家族の誰かが押入れを開けて、衣替えをしたのだ。


こんなことあってはならない。私は紳士淑女なのだ。これまでも家の中で性的なものに興味のない人間として振る舞ってきた。前の成人向け事件だが、あれも事故としてギリギリ言い訳をできるものだった。

私はこの家で一番の年少者。つまりみんなにとっての赤ちゃん。私が赤ちゃんとして積み上げてきた全てが崩れ去っていく。

冗談じゃない。しかし前のように弁解しようものなら、また温かい目で見られる。

何もなかったことにしよう。しばらく家族の顔は見ない。


そう思っていたのだが、夕食の時間になって母と顔を合わせることになってしまった。

私は黙って箸を進めた。

「机の上に乗っていたでしょ」と突然言われた。

内臓ごと噴き出しそうになった。こっちが何事もなく穏便に済ませようとしているのに。傷を抉り出そうとするとはどういうことだ。

見れば前と同じように、母が穏やかな目をしている。


ここで前のように言い訳しても無駄だ。ああ、そうだ。私は同人誌を買い漁るような人間だ。性的なものに興味あるし、大好きだ。

「そうだね。乗っていたね」と私は静かに返した。

かちゃかちゃと茶碗の音がする。もうどうにでも好きにしてくれ。これがお前たちの子供であり、孫なのだ。会話が終了するのを待つだけだ。

しかし「ああいうのが好きなんだね」と言われたので、我慢できなかった。


「中身を見るまでどんな話かわからない。別にあれが全部好きなわけじゃない」と私は言い訳をした。

人間は自分が追い込まれるほど、ベラベラと喋るものだ。そしてどんどん墓穴を掘っていく。しかし私自身の性癖について言及があると、防衛本能が牙を向いてしまう。

「そうなんだ」母が微笑みながら食事を続けている。

「違うんだよ、違う」

何が一体違うのか。それでも違うと言い張ることしかできなかった。

食事中なのに立ち上がって、両手を振り上げて「違う、違う」と言い続けた。

「食事中だよ、座りなさい」

座っていられるか。この場にいるだけで死にたいのに。同人誌を乗せられるなんて、死刑宣告を受けたに等しい。この私にまだ平静を求めるか。

何を思ったのか、私は立ったまま食事を始めた。

思わず笑ってしまう母。

それでも私はご飯を食べながら、「違う」と言い続けた。


ああ、私のお宝たちよ。お前たちを守ってやれなくてごめん。そして私はお前たちを所有していることを恥だと思っている。情けないことだ。

もっとドンと構えられる人間でありたかった。


母に見つかったというのに、私は同人誌の購入をやめなかった。

あの恐怖を経験したのだ。どんな困難でも乗り越えられる気がした。


性的な欲求は全て同人誌が満たしてしまい、私は大学生の間恋人を作らなかった。

「同人誌にばかり夢中になって恋人を作らないなんて」と母に嘆かれたが知らない。

現実の人間に手を出すより、よっぽど健全だ。

遊び歩いてうっかり子供を授かるよりいいだろう。


皆さんは同人誌を購入したことがあるだろうか。

そしてどこかに隠しているだろうか。それとも部屋に置いているだろうか。

押入れは意外に開けられるので、押入れに隠すのはお勧めしない。


私は今も押入れに隠し続けている。

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