ご自由にどうぞ

坂橋るいべ

白い部屋

白い天井を見ていた。


私が目覚めてすぐ、そこが自分の部屋ではないと理解するまでは早かった。


「あれ……私、ちゃんとベッドで寝たよね?」


昨晩の記憶をたどる。

お風呂に入り、スキンケアをして、軽くストレッチして、寝た。


それだけ。

外に出た覚えはない。

まして、こんな場所に来る理由なんて欠片も思い浮かばない。


誘拐?

流石に寝ている間に身体を触られたりしたら、気づくに決まっている。


恐怖はなかった。

不自然なくらいに冷静で、どこか他人事のようで。

なんとなくだが、覚えのある感覚だ。

それは、夢だと自分に言い聞かせているときの感覚に近いものがあった。


私はゆっくり上体を起こした。

寝ていたのは薄い布のようなものの上。

無機質なのに妙に寝心地がいい。

——そこにだけ、妙に気の利いた思いやりを感じる。


そっと辺りを見渡してみた。

不思議な空間だ。

照明はないのに淡い光に満ちた部屋。

壁も床も天井も、雪を固めたように白く均質で、角ばっている。


夢にしては妙に明瞭だ。

五感がはっきりしすぎている。

しかし、この状況を現実と認めるのはもっと変だ。


「夢……でいいよね」


私はひとまずそう納得することにして、部屋の中を見渡した。


中央に、白い机がひとつ。

その上には皿とメモ。

 

皿には『料理のようなもの』が並んでいる。


原色の球状の物体、紙くずを丸めたような形のもの、乾いてひび割れたもの。

色も質感も、まるで食べ物には見えない仮称物体Xエックス

近づいてよく見るほど、3Dプリンタで雑に出力されたサンプルのような、子どものままごとの玩具のような、そんな不自然さが目立ってくる。


メモには、機械出力されたような文字で一言。


「ご自由にどうぞ」


自由に……って、何を?

まさか、これを食べろという意味?


私はそっとメモのほうに触れた。

紙は普通。

温度もざらつきも、どこにでもある普通紙だ。

現実のメモとなんら変わらない。


「夢なのにちゃんと触れるのね」

質感は夢ではなく現実。

しかし、環境は明らかに異様。

故に、あまりにも常識的すぎるその質感の『普通』さが、逆にこの状況の不気味さを物語っている。


私は少しずつ湧き出る焦燥感に、落ち着かない気分になっていく。

それをごまかすように、解決策を探すように周囲を見回す。


「あれ……?」


さっきまで何もなかったはずの奥の壁に、扉があった。

白い壁と同化するように薄く、境界がわずかに盛り上がっているだけで、注意して見なければ気づけない。


「……うん、私が見落としてただけ。最初からあったんだよね」


そう自分に言い聞かせるように呟き、料理らしきものには手をつけず、手に取ったメモだけそっと元の位置に戻した。


ただ、善意のつもりで置かれている可能性は拭えない。

私は、何もできなくてごめんなさいと、ほんの少しだけ胸の中で謝った。

意味は解らないけれど、誰かがこの状況を作っているのだとしたら、何もできずに申し訳ないと。


私は扉の前に立ち、息をひとつ整える。

 

ゆっくりと手を伸ばし、押した。


軽い、空気が抜けるような音。



その先には——



まったく同じ部屋があった。

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2025年12月19日 03:00
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ご自由にどうぞ 坂橋るいべ @sakahasi_ruibe

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