第2話 どストライクの天然娘
初日は、とりあえず国境を一周するつもり。
国境といっても、腰より少し高い壁が続いているだけ。
一日で回れる、小さな国。
町の娘の格好で、蔓の籠を抱えて、木の実や野草を摘みながら壁沿いを歩く。
なんか野営の準備、というか散歩の延長だわ。
壁は低いので、人ならどこからでも侵入も脱出もできる。
ただ、魔物はそうはいかない。
壁の内側を囲むように、等間隔に結界用の支柱が立っている。
普段なら魔物はこの国を避ける。
でも、聖女交代の時だけは別。
神聖魔法が一瞬弱まる、その隙を狙って魔物が侵入することがある。
目的は、聖女の力の消滅、それができずとも防衛に集中させる。
それは諸国の信仰属領への、加護が弱まる事を意味する。
それは、信仰属領の信者達、いえ人々にとって、一大事
国境の向こうに、酒瓶が数本転がっているのが見えた。
陽が落ちてから飲むのは禁止のはずなのに。
私は苦笑した。
「……そういう事ね」
「おい、何を見てるんだ」
気配を察知したのは、声が掛かる少し前。
わざと遅れて振り返る。
今は町娘。落ち着け、私。
「えっ……?」
驚いたふりで辺りを見回す。
木陰から鎧の擦れる音。
どこの国の騎士かは知らないけれど、警備の男が一人――いや、二人。
(二人か……)
「騎士様……」
私は少し怯えたふりをして、安心したように声を出す。
演技だと気づかれない程度に、弱々しく。
騎士は眉をひそめ、私を上から下まで値踏みするように見た。
「俺たちは、お前らの国を守りに来ている」
その言葉に乱れはない。ただ、そうか、酒を飲んでいるのか。
私は黙ったまま、籠を胸に抱きしめる。
騎士が一歩、こちらへ踏み出す。
鎧の金具がカチリと鳴った。
(どうしよう……)
こんなところで、立ち回りはしたくないわ。
陽はまだ高い、そしてこの国は狭い。
叫べば誰かが気づく――はず。
「おい、何を見ていた?」
さらに一歩近づいてくる。
距離が縮まるたびに、彼の影が私の足元に落ちる。
「い、いえ……ただ、木の実を……」
震える声で答えると、騎士は鼻で笑った。
「怪しいな。服の中に何か隠してるな、脱げ」
(これだから、他国の男性不信を買うのよ)
もう一人の騎士も、いつの間にか背後に回っている。
逃げ道を塞がれた形だけど、笑みがこぼれてしまう。
「ちょっと来い。話を聞かせてもらう」
腕を掴まれそうになり、私は思わず一歩下がった。
(まずい、殴ってしまいそう)
騎士は私の返事を待たず、さらに距離を詰めてきた。
鎧の影が、私の足元をすっぽり覆う。
「怪しい動きをしていたな。何を隠した」
「な、何も……」
震える声。
弱い町娘の演技、どこまで続けようか…。
背後の騎士が、わざと足音を立てて回り込んで逃げ道を塞ぐ。
(仕方がない)
「待ちなさい!」
低い――いや、低いけれど“幼い”声が割って入った。
声のした方を見ると、そこに立っていたのは騎士……なのだが、
私の肩の高さほどしかない、小柄な少女だった。
ユークリウス聖統領の騎士服、剣も本物。
でも、顔立ちはあどけなく、目は大きく、髪は短くてふわふわ。
どう見ても子ども。
なのに、立ち姿だけは妙に堂々としている。
(……ちっちゃ……)
胸の奥が跳ねた。
反射的に膝が震える。
他国の騎士が眉をひそめる。
「なんだ、お前。子どもは下がってろ」
「子どもじゃない。私はこの国の正式な騎士だよ」
少女はつんと顎を上げる。
その仕草がまた、私の急所を突く。
(かわ……いや、落ち着け私。今は町娘。演技、演技……)
「その娘に手を出すなら、規律違反として報告します」
声は幼いのに、言っていることは完全に大人。
他国の騎士は舌打ちし、後ろの仲間と目を合わせる。
「……ちっ。行くぞ」
二人は私達に背を向けると小走りに去っていった。
少女は私のほうを向き、心配そうに覗き込む。
「大丈夫? 怖かったでしょう」
その瞬間、私は腰から崩れ落ちた。
「だ、大丈夫ですか?」
少女が慌てて駆け寄ってくる。
小さな手が、そっと私の肩に触れる。
肩から、暖かい光が私に流れ込むのを感じた。
(だめだ……可愛すぎる……そして……)
呼吸が整って、乱れて、整って、乱れる、これは演技じゃなく…。
「立てますか?」
「……っ、はい……だ、だいじょうぶ……」
声が裏返っている。
でも仕方ない、これは反則?ご褒美?
少女は真剣な顔で、私を支えながら言う。
「気をつけてくださいね。今は皆、神経質なのです」
その“大人びた言葉”と“子どもの姿”のギャップが、
また私の心臓を撃ち抜いた。
(なんでこんな……可愛いのに……強そうなの……)
私は必死に平静を装うのがやっと…だわ。
「私は、ミオリネ、あなたのお名前は?」
少女の瞳は、私の瞳をまっすぐ射貫いた。
私の隠し事を見透かすように…
「…スレッタです」
少女は、軽く首を横に振って、私に、ありがとう、お姉さんと言った。
そして、続けた。
「あなた、魔力を沢山、持っているのね。それがよくない事を呼ぶのです」
「?」
騎士服の女の子は私の頭を抱きしめた。
「祝福します」
私は、光に包まれた。
籠の鳥は、闇を喰らう<聖女の国> ささやん @daradarakakuo
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