第2話 転生令嬢、都会へ行く


「アリー! 無事!? 一緒に逃げるよ!」


 短弓を構えて飛び込んできた姉さんは、まさに鬼気迫る形相だった。

 どうやら、私が無理やり貴族に売られると勘違いしたらしい。


 姉さんは、護衛たちを次々と体術だけで倒してしまう。


「姉さん、止めて! 大丈夫だから!」

 私は駆け寄って、姉さんを制止した。


「アリーをこんな奴らに渡すわけにはいかない!」

 姉さんが叫ぶ。


「本当に大丈夫なの。ね?」

 私はそれでも、必死に訴え続けた。


 べつに売られるわけじゃないこと。

 むしろ生活は良くなるかもしれないこと。

 なにより、私自身が嫌がっていないこと。


――まあ、最後のやつはウソだけど。


「……アリーがそこまで言うなら」

 ようやく、姉さんが護衛を解放した。


(はぁ〜……よかった〜)

 死人も出ず、このまま落ち着くと思ったのも束の間。


「その娘を殺せ! 田舎の蛮族どもが! ワシに恥をかかせおって!」

 おじさんが顔を真っ赤にして怒鳴った。


――は? そうなってくると話は違うんだが?


 残った護衛の兵士たちが姉さんを殺すために動き出す。


「待って! 全員動かないで!」

 私は咄嗟におじさんの背後へ回り、腰の短剣を抜いて首元へ押し当てた。


「ひぃっ、ひぃぃぃい!」

 情けない悲鳴が上がる。


 ……これだから平地育ちは。

 おっと、今のはSNSで炎上するやつだ。


 兵士たちも、姉さんも動きを止めた。


 よしっ! これで交渉ができる。


「おじさん、ついていく為の条件を一つ追加。姉さんも一緒に連れていくわ」


「な、何を言って……。このクッ――お嬢様」


 おい。今、完全に本性が出かかってたぞ。それは流石にライン越えだろ。


「もしダメだと言うなら、私は姉さんと一緒に山へ逃げます」


 反応は二つ。

 状況が飲み込めず呆然とするおじさんと護衛の兵士たち。

 そして、血の気が引いている村長さん。


 ごめんね、村長さん。

 でも私、村より姉さんのほうが大事なの。


「お、恐れながら……その二人は、この村でも名うての猟師でして……」

 村長さんは汗をぬぐいながら言った。


「なんだ! 何が言いたい!」

 私に短剣を当てられたまま、おじさんが怒鳴る。


「一度山に逃げ込まれたら……三カ月は誰も見つけられません」


「なにを……言っているんだ……?」


 そりゃ信じられないだろう。

 私も姉さんも見た目は華奢だけど、服の下はゴリゴリに鍛えてある。


 私はスタイルを意識して鍛えているけど、姉さんはそんなこと気にしていないから、もはやゴリラ。


 なんだったら、私ですら村の男衆より強い自信がある。


 だから。なりふり構わければ、私達は一年でも二年でも山に潜む自信があるわ。


 生活水準は地の底になるけど……姉さんを失うより百倍マシだ。


「…………分かりました。お嬢様の好きにすればよいでしょう……」


 おじさんは苦虫を噛み潰した顔で折れた。

 最終的に村長さんが説得してくれたおかげだ。


 そのかわり、村長さんは別人のようにゲッソリと痩せてしまった。


 センキュー村長。すまねぇ村長。


 こうして私たちは、村から「ドナドナされる」ことになった。


 見送りに来た村の人たちの顔が……妙にスッキリして見えたのは気のせいだろう。


 馬車に乗せられ、いくつも村を経由して、十日ほど。


 ようやく、私の父親がいる街に到着した。


 巨大な城壁に囲まれた街に、姉さんは呆然と立ち尽くす。

 前世の記憶を持つ私はそこまで驚かなかったけど――


「うわぁ……っ!」

 父のお屋敷のデカさには、さすがに声が漏れた。


 豪邸の廊下には、お約束みたいな壺まで置いてあってちょっと感動してしまう。


 そこへ通りかかった、太ったおじさん。


「なんだ、汚い田舎者ではないか。本当にソレが娘のアリシアなのか?」


 ……この人が私の父親か。

 緑の髪に青い瞳、たしかに私と同じだけども。


 っていうか私の名前って「アリシア」だったのか……。村じゃみんな「アリー」って呼ぶからすっかりアリーが私の名前だと思ってたわ。


「だ、旦那様! 間違いありません! 髪も目も旦那様とうり二つで――」

 私を連れて来たおじさんが必死に説明する。


 まあ、美容に気を使ってるとは言っても田舎レベルだからね。


 体を洗うのも水浴びくらいしか出来ないし、石鹸もないから、汚いって言われてもしょうがない。


 だから、姉さん。お願いだから殺気立たないで!?


「ふん。分かった分かった。早く風呂に入れろ、臭くてかなわん」

 シッシと追い払うような仕草のあと、父は去っていった。


 その後、私は風呂に通されて上から下まで念入りに洗われる。


 同性とはいえ、めっちゃ恥ずかしいんだけど!?


 あと、私の手は弓を撃って豆が出来て、豆が潰れてまた豆が出来ての繰り返しで、とんでもなく皮が厚くなってるからそんなゴシゴシ洗っても無駄だって。


 風呂から上がった私は、絹の服を着せられて、髪を乾かされて最後に髪に香油をたっぷりと塗りこまれた。


――久しぶりだわ、チクチクしない服を着たの。


 そして父の部屋に連れていかれる私。


 ちなみに、姉さんは(他の人が)危険なので部屋に残ってもらった。


「……ほう。見違えたな」

 ピカピカになった私を見て、父は驚いたような表情を見せる。


 そうだろう、そうだろう。素材は良いんだ私は。


 そして父は私を商品みたいに眺めて、一言。


「……これならまあ、大丈夫だろう」

 そしてすぐに興味を失ったようで、さっさと私は部屋から追い出された。


 翌日。

 私は知らされる。


 ――嫁ぎ先の貴族へ、“明日”出荷される、と。


 え?

 なに?

 私、貴族教育の“き”の字も受けてないんだけど?


 ◆ ◆ ◆


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2025年12月24日 00:01
2025年12月25日 00:01
2025年12月26日 00:01

家族に捨てられた転生令嬢ですが、突然呼び戻されて政略結婚させられることになりました。〜田舎娘とバカにする夫を、愛用のナタと短弓、そして渾身の貴族令嬢ムーブで魅了します〜 荒火鬼 勝利 @togenasitogaaritogetoge

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