最高のプレゼント

 ラウルス様だけでなく旦那様も客室をご所望されたので、客室にご案内した。

 主寝室じゃなくてもいいのかお訊ねしたら、いまこの屋敷の主人はわたしだからと言われてしまったのだ。確かに契約上はそうなっているけれど、何だかむず痒い。

 貧民街で生まれ育ったわたしが、お屋敷の主人だなんて。


「お嬢様、よく眠ってる」


 こうしてお嬢様の寝顔を眺めていると、お目覚めの前の寝顔とは全然違う。

 以前の寝顔は本当に寝顔の形に作られたお人形って感じだった。精巧に作られてはいるのだけど、造形の美しさが美術品らしさを引き立てていた。

 けれどいまのお嬢様は、しあわせに包まれて眠る少女の寝顔をしている。お目覚め前もいまも、お嬢様がドールであることに変わりはない。不思議な力や魔法で人形が人間になったわけではなく、必要な手順を踏んで目覚めただけなのだ。それなのに、心一つでこれほどまでに見目の印象が変わるなんて。


「さて、わたしも寝ようかな」


 寝支度をしてお嬢様の隣に潜り込み、目を閉じる。

 久しぶりにお客様をお迎えしておもてなししたから緊張していたみたいで、睡魔は待ち構えていたかのようにすぐ訪れた。

 いつものようにお嬢様の細くやわらかな体を抱き、静かに眠りへと落ちていった。


  * * *


 翌朝。

 わたしはお嬢様にぺちぺちと頬を叩かれて目を覚ました。

 叩くと言っても殆ど触れているような力加減だけど。それでもお嬢様が先に起きてわたしを起こすなんて初めてだから、驚いて目を開けた。


「お嬢様、どうされました?」


 体を起こして、部屋を視界に入れて、すぐに気付いた。

 部屋がプレゼントでいっぱいになっている。山がある。誇張ではなく本当に。

 色とりどりのプレゼントボックスが部屋の一角を埋めていて、それらにはリボンにくくりつける形で紙製の小さなプレートがついている。


「まさか……」


 お嬢様の手を握り、恐る恐る山へと近付く。

 いくつかのプレートを手に取りつつ見ていくと、やっぱり。お嬢様宛だけでなく、わたし宛のプレゼントも含まれていた。というかたぶん半数はわたし宛だ。


「一つ、開けてみますか?」


 お嬢様に訊ねるとキラキラした目で頷いた。

 それぞれ自分宛の箱を取り、包装紙を破いて箱を開ける。

 わたしが開けたものは、日本製の料理包丁だった。なんか箱が細長いと思ったら。刃の根元部分にわたしの名前が入っていることから、オーダーメイドと思われる。

 お嬢様の箱にはふわふわのぬいぐるみが入っていた。お嬢様が抱き抱えて丁度良い大きさで、枕元にも置いておけそうだ。


「可愛いお友達が出来て良かったですね」


 お嬢様は笑顔で頷いた。


「全部気になるところですけど、先にお着替えして朝食のお支度をしませんと」


 お嬢様は一つ頷き、大人しく身支度をさせてくださった。髪を結っているあいだもプレゼントを気にしていたけれど、それはまあ仕方ない。わたしも気になるし。

 それにしても夜のうちにこれだけのものを運び込むなんて、忍びの方だろうか。

 メイド仲間にも気配を消して近付いてくるのが上手い人がいるけど、ああいう人が実はサンタクロースの正体なんじゃないかと思えてくる。


「さて、旦那様が起きられる前に準備をしてしまいましょう」


 手を繋いで階下へ降りるその最中。

 ふわりと紅茶のいい匂いがしてきて、気付く。

 もしやと思って匂いのする居間へ入ると、旦那様がロッキングチェアで寛ぎながら紅茶を召し上がっていた。傍らではラウルス様が控えていて、お二人とも寝起きからどれだけ経ったのやら、身支度がしっかり整っている。


「だ、旦那様!?」

「おはよう。よく眠れたようだね」

「おはようございます。ええと、おかげさまで……」


 寝坊をしてしまっただろうかと時計を確認したけれど、七時二十分でいつもと特に変わりない時刻だ。


「すまないが、キッチンを使わせてもらったよ。もう間もなく出る時間だからね」

「え、ええ、いえ、それは構わないのですが……起こしてくださればわたしがお入れ致しましたのに」

「なに、これくらいはね」


 それに、と言って旦那様はお嬢様に視線を移した。


「起きたとき君が隣にいなかったら、その子が不安になるだろう」


 それは確かにそうだ。

 いつも一緒に目覚めて一緒に着替え、一緒に朝食を取っている。絶対にそうすると決めたわけではないけれど、いつしかこれが当たり前の日常になっていた。


「そういえば、名前は決めたのかね」

「ええ……まあ……そうですね」

「ならば、呼んでやるといい。きっと喜ぶ」


 そうかな。そうだといいな。

 旦那様方をお迎えするとき以上にドキドキしながら、お嬢様の前にしゃがむ。目を合わせると不思議そうな瞳が真っ直ぐわたしを見つめてくる。


「お嬢様に、わたしからのささやかなクリスマスプレゼントなのですが……此方を、お嬢様のお名前に致したく……」


 そう言いながら、ずっと隠し持っていたクリスマスカードを差し出した。お嬢様は不思議そうにしながらもカードを開き、中を見た。まん丸の瞳が大きく見開かれて、カードをじっと見つめる。穴が空きそうなほど真っ直ぐに。

 其処にはお嬢様のお名前として『フィオレンティナ』の文字が書いてある。名前の意味はわたしの故郷の言葉で『花の娘』を意味する。


「ずっと、お嬢様とお呼びしていましたけれど、一人の家族としてお嬢様にお名前を差し上げたく、僭越ながら考え」


 其処まで言ったところで、続くはずだった言葉が喉の奥へと転がり落ちていった。何故ならお嬢様が、飛びついてぎゅうぎゅうに抱きしめてきたから。


「お嬢様……フィオレンティナお嬢様」


 名前を声に出して呼んだら腕にさらなる力が込められた。それでもお嬢様の細腕で出せる力は見た目通りの儚さなので、少しも苦しくない。苦しくはないのに胸の奥がぎゅっとなる感じがする。


「どうやら、君からのプレゼントが一番うれしかったようだね」

「き、恐縮、です……」


 旦那様が立ち上がる気配がして、お嬢様をくっつけたまま振り返る。離れないのでこのまま抱っこ状態で立ち上がると、旦那様は微笑ましそうに笑った。


「さて、夜も明けたことだ。サンタクロースは退散するとしよう」


 もっとゆっくりしていらしたらとお引き留めしたい気持ちを飲み込んで、玄関へと向かう。依然お嬢様を抱えたままなのでコートをハンガーから下ろすことが出来ず、ラウルス様が代わりに旦那様にコートを着せてくださった。ゲストになんてことをと思っていると、それを読み取ったラウルス様が「お気になさらず」と告げた。


「私にとってはこの上ない見送りだ。ありがとう。その子を……フィオレンティナを大事にしてくれて。君に会えたことは私の人生で最上級の幸運だ」

「そんな……もったいないお言葉、恐縮です」

「今後とも、君たちが良き人生を送れることを祈っているよ」

「旦那様も、どうか末永くご壮健でいらっしゃいますように」


 お見送りを終え、お二人の姿が見えなくなると屋敷内に戻った。

 そして変わらずお嬢様が離れないので、取り敢えずそのまま居間のソファに座って対面抱っこの格好に落ち着いた。


「お嬢様、そろそろお顔を見せてくださいませんか」


 そうお願いしてみると、お嬢様はそろりと体を離して見つめる体勢になった。頬や目尻が仄かに赤く染まっていて、まるで泣いたあとのように見える。


「気に入って頂けましたか……?」


 わたしの問いに、お嬢様は風が起きるのではと思うほど何度も頷いた。


「わたしにはお嬢様との毎日が贈り物のようなものですから。少しでもそのお返しになったのならうれしいです」


 感極まったお嬢様がまたぎゅっと抱きついてきたので、今日は暫くこのままかなと思いつつ。クリスマスの朝くらいは仕事を離れ、ゆっくり家族と過ごすのもいいかもなんて思ったりして。



 結局お嬢様がわたしから剥がれたのは、間もなくお昼になろうかという頃だった。

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セレナイトドールとメイドのエレンの、初めてのクリスマス 宵宮祀花 @ambrosiaxxx

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