一つのテレビ番組を見ているかのような臨場感

 旅に出るという行為自体、実はとても勇気のいることだと、そんなことに気づかせてくれました。それでも私たちが旅を好むのは、日常が知らない色で塗り替えられるような瞬間を求めているからなのでしょう。

 そして本作は、大の旅好きである主人公の目線で、「如何に旅が楽しいものか」を明らかにしてくれるのです。
 それは主人公の性格がおおらかで、とてもポジティブなものというのも一役買っています。
 そうして彼女の感受性豊かな心を媒介し、読者である我々の前には遥かなる世界の美しさが展開されるのです。
 

 また作中の言葉で、

「毎回思うのだが、乗車中に居眠りをするのは本当にもったないことだと思う。疲れていたらしょうがないのだが、せっかくの旅なのに、景色を焼き付けておこうという考えはないのだろうか。」

 というものがありますが、この一言により読者は更に主人公の視点に引き込まれるような印象を受けました。


 しかしただの旅行日記に終わらないのが、この物語の面白いところ。
 作品の中盤からはある男性との出会いがあり、そこから物語の毛色は一変。

 彼と過ごす時間の一つ一つが印象的で、交わす言葉、仕草、そして一緒に見ている景色の、その全てがパノラマのように輝かしい場面を織りなすのです。
 その過程で描かれる主人公の葛藤と新たな自分との出会い。それらが全て、「旅」という行程を経て、じっくりと成熟します。

 そして物語は終盤に。
 特にラストのイメージは「描かない」美しさにより、この物語に大きな残り香を与えていることに成功しています。

 読後、「旅」や「物語」は私たちの生活にどのような影響を及ぼすのか、そんなことを改めて考えさせてくれる素敵な作品でした。