寂れた地方の港町。商店街も活気を失い、かつて賑わっていた旅館も経営が厳しくなる。どこの地方でも聞いたことのあるような現状。
都会で大企業に努めていたが辞めて地元に戻ってきた主人公。この現状を機転と無謀な行動力で打破してくれるに違いない! という、よくあるエンタメ小説ではなく、淡々と厳しい状況が続く。
女子高生たちの活躍。さてはこっちが本命で、若い力でバズって解決! という、よくあるエンタメ小説でもない。
静かに淡々とゆっくりと終わりに向かっていく。
色んな人が少しずつ関わって、滅びに向かう道筋を少しずつ変えていく。
田舎特有の人間関係。強固かと思えば意外と脆い。
でもやっぱり最後は人なんだなと思わせる。
いろんな登場人物のその後が気になるお話でした。
わたしは、この物語を読みながら、胸の奥に「潮風の冷たさ」と「橙色の灯りのぬくもり」が同時に残るような、不思議な寂寥感を味わいました。港町・蒼ヶ崎の描写は、観光ポスターの明るさと、一本裏へ入った途端に現れるシャッター街の静けさが対照的で、ただ「地方が寂れている」という説明ではなく、光の届き方そのものが歪んでいる感覚として迫ってきます。駅前だけが「普通の地方都市」みたいな顔をしている、という違和感が、とても現代的で、読み手の現実とも重なりました。
天城蓮の帰郷は、郷愁より先に「居場所がない」という現実が突きつけられる形で始まります。父の死、母の施設、実家の売却、そして帝都商事での退職。どれも単体で重いのに、彼はそれを声高に嘆かず、淡々とした手触りで抱えたまま歩いている。その抑制があるからこそ、枕に顔を覆って息を殺す場面が鋭く刺さりました。泣くことすら「静かに」描かれるのに、痛みだけは確実に伝わってきます。
そして、舶灯館の存在がとても象徴的です。暗い通りの中で、ぽつんと漏れる橙色の灯り。旅館の匂い(木、出汁、温泉)が、蓮にとって「帰れる場所の代替」ではなく、「今から生まれ直す場所」になっていく予感があります。初めて来るのに、初めてではない気がする、という感覚もまた、この物語の核に近い気がしました。人は場所に帰るのではなく、灯りのある場所に吸い寄せられるのかもしれない、と。
氷川千尋の人物像も、読み手の心を掴む造形です。強がりで責任感が強いのに、帳場で指先が震えている。収支の赤字を前に「休んだら、この数字は消えてくれるの?」と返す台詞は、格好よさではなく切実さで胸に残ります。踏ん張っている人の言葉であり、「頑張れ」と軽く言えない空気を、きちんと物語が理解していると感じました。
その中で、料理長の「灯りを消すなよ」という言葉が、ただの名言ではなく、この作品の倫理になっているのが印象的です。灯りは「希望」や「未来」といった抽象ではなく、板場の火であり、部屋の明かりであり、帳場の電灯であり、誰かが働き続けてやっと保たれる現実の灯りです。だからこそ、銀行の「人件費の見直し」という言葉が、命を数値に換算する刃のように響きます。守るために切れ、と言われる苦しさが、千尋の震える声を通してきちんと伝わってきました。
第5話で描かれる黒川華の怒りは、単なる対立構造ではなく、土地と時間を背負った感情として立ち上がっています。「ここで“無駄”って言われるものは、全部、人の時間と、人生と、誇りなの」という言葉に、わたしは強く頷いてしまいました。都会の論理が悪いのではなく、地方の現実が甘いのでもなく、どちらも正しいからこそ互いに人を傷つける。その痛みが丁寧に描かれているのが、この作品の誠実さだと思います。
それでも、読み終わった後に残るのは冷たさだけではありません。蓮が「手伝わせてほしい」と言い、千尋が「隣には、いてくれる?」と問い、即答で返される、その小さなやりとりの中に、ほのかな暖かさがあります。大きな奇跡ではなく、皿洗いでも掃除でも、現実的な手触りの行為として「灯りを守る」方向へ歩き出している。だからこそ、わたしはこの物語の着地が気になります。灯りは消えてしまうのか、あるいは形を変えて残るのか。舶灯館は「勝つ」物語なのか、それとも「負けながら続ける」物語なのか。
いずれにせよ、わたしは、灯りが簡単には増えないことを知っている世界で、それでも灯りを消さないために人が何を選ぶのかを見届けたいと思いました。「灯りを消すなよ」という言葉が、読者であるわたしにも静かに責任を渡してくるようで、読み終えた後も、胸のどこかが温かく、そして少しだけ痛いままです。
失われた30年の影響は地方都市に大きな影を落としています。
特に日本各地にある温泉地やその周辺の文化を形成する商店街や商業施設はバブルの遺産を残して衰退の一途を辿っています。
少子高齢化、経済の二極化、昨今の物価上昇と日本が這い上がれる材料を見つけられないまま時だけが過ぎていると感じます…
舞台は、“寂れた”港町。
今にも朽ち果てそうな“町”を守ろうと若い力が奮起します。
錆びた船に灯を灯し、大海原の荒波を乗り越えようと努力する姿に感情を揺さぶられます。
一つ一つの描写が丁寧なため、場面を鮮明に想像することができます。
今の日本が抱えている“地方”のリアルが描かれている読み応えのある作品です。
かつては栄えた港町・蒼ヶ崎に戻ってきた、天城蓮。
都内の大手商社に勤めていたけれど、別けあって故郷に戻ってきました。
故郷は寂れてしまっており、アーケードはシャッター街です。天城は老舗旅館・舶灯館で女将をやっている氷川千尋と中学校ぶりに再会して、ひょんなことから旅館の住み込み従業員になります。
収支ギリギリの経営に苦しむ千尋を支えようとする天城ですが、経営の立て直しは一筋縄ではいかず、経営方針の転換・従業員の解雇など苦悩は絶えません。
旅館で働き、なにを守ろうとするのか。
天城は自らに問いかけます。
大切に思うからこそ、悩み、苦しみ、守ろうとする。
そして、そう思ってくれるのは自分ひとりではないという気づき。
それに気づいた時、ひとつひとつは小さかった灯りが、手を取り合って大きな灯りになります。
決して甘いことばかりではないけれど、繋がった手を握り合い、途切れかけた灯りをつないでいく。
これは、そんな温かな物語です。