孤高の群狼

イオリ⚖️

プロローグ

 あちこちで火の手が上がる。


 外では持てる範囲で家財道具や幼い子供を抱えた人々が焼け出され、長年住み慣れた我が家が喰い尽くされていくのを呆然と眺めている。頬を照らす炎の光が、離れていても熱い。


 炎に包まれ焼け落ちる屋根、逃げ場を断たれた凄まじい焦げ臭さ。ぱちぱち夜空に弾ける火の舌。肺を冒すような黒いすす灰燼かいじん。凶悪な火柱から少しでも離れようと逃げ惑ういくつもの足音。悲鳴。絹を裂くような痛ましい泣き声。


 天に届かんばかりの激しい業火の中、まるで透けたカーテンの奥に佇むような人影を見た。


 ――――背中になびく長い銀の髪、遥か遠くから冷たく見下ろす今宵の満月のように淡く輝く瞳。静かな眼差しがこちらを向く。


 目が合う前に、背を向けて走った。裸の足は地面の小石を踏んで血をにじませる。逃げる人たちのあとを追って中央広場まで急いだ。


 絶対に忘れない。


 足の裏の痛みも、走り疲れる脚のだるさも、火だるまに丸呑まるのみにされかけた恐怖も、――――家族を殺された悲哀と憎しみも。


 忘れるものか。絶対に。


 生きてやる。何がなんでも生きびてやる。地を這おうが泥をすすろうが。


 生きた先で、その時が来たら。

 殺してやる。


 中央広場には噴水の水をんで浴びるように飲む人々や、全身をずぶ濡れにする人たちで溢れ返っていた。他の地区の住人も不安そうな顔で外に出てきていて、その中には日頃お世話になっているパン屋の女主人もいた。パン屋の女主人は私を見つけて駆け寄り、目を丸くする。


「あんたは……キリアンさんとこの」

「ライリーです」


 飛び出た名前は、本名ではなかった。


「キリアン・アレキサンドラの息子、ライリーです」

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孤高の群狼 イオリ⚖️ @7rinsho6

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