第2話 恐怖の後日談

 さて、眠い目をこすりながらも、気分は、もうルンルンだったのじゃ。


 これで、商業科のあの番長は、確実に、死ぬのやからのう。


 何故と言うに、このワシが、殺す呪いをかけたからなのじゃ。

 死因は、何でも、構わねえや。

 一切合切、何でも、いい。

 心臓麻痺でも脳出血でもいいし、いつもバイク(自動二輪)に乗っていたから大型トラックと正面衝突でもいい。また、近隣の高校に出かけて行って集団で殴り込みをかけていたとも聞くから、相手の番長からの返り討ちにあってもいい。

 急性の癌でもいい。この方が、余計、苦しむだろううしなあ……。


 ああ、待ち遠しや、恨めしや、だ。


 また坊主刈りに戻ったこのワシであったが、毎日が、希望に溢れていたのじゃ。


 何しろ、呪殺であって、如何なる殺害行為や実行行為も行っていないのだ。

 その番長が、仮に、何かで死んだとしても、このワシの責任は、一切問われないのだよ。

 この時は、自分で自分を「天才」だと思ったねえ。


 だが、ここからが、実は、大問題じゃったのじゃ。


 待てども、待てども、その番長は、死にはしねえ。

 せめて、部下の仲間の誰かが、何かの死に目に会うかと期待してみたが、これもまた、完全に空振りじゃったんじゃ。


 ケッ、あのオカルト本は、結局、インチキ本なのかよ。

 やはり、呪殺は、不可能なのかよ……。

 聞いた事も無い出版社のオカルト本である。

 やはり、インチキ本だったのか?

 本代、返せよ、と本気で思ったもんじゃ。


 それだけでは、とても満足出来なくなったこのワシは、その出版社の編集部だったかに、直接、電話をかけて文句を言った記憶があるんじゃ。

 しかしだよ、出版社が言うにはだが、

 古来からの伝承を集めて書いただけの本であって、そんな呪殺など不可能だよ、と逆に開き直ってのう……。


 インテリヤクザと言う言葉もあるが、こんなインチキ本を出しているだけあって、反論もヤクザ並みでのう。

「そんな事を、信じている、あんたこそは、馬鹿か阿呆だ!」と、大声で怒鳴りつけられた。

 いや、これ、ホントに、出版社なんかいや?

 ヤーさんの事務所に、電話をかけたみたいだったんや。


 それでも納得出来ないこのワシは、作者の名前は本に書いてあってのう。せめて作者の住所だけでも教えてくれと粘ったんじゃ。

 根負けした出版社は、作者の住所だけは、教えてくれたんじゃ。

 での、便箋に、切々とこのワシの思いを書き綴って送ったんじゃがのう。


 すると、約1週間後、その作者から返事が来たんじゃが……。

 何でも、某超有名大学を卒業して、信じられない事に、工学博士だったか理学博士だったかも持っていると言うんじゃのう。

 後で知ったんじゃが、結構、その道、つまりオカルト系では相当に有名な人だったらしいんじゃ。


 その作者先生に言わすとだなあ。


 呪いや、呪殺の行為は、必ずしも直接相手に届くよりも、全然、別の状態で訪れる事がある、となあ。

 もう、しばらく様子を見ていなさい、超常現象の出現とはそう言うものだと、とても猛烈で厳しい文句を言ったこのワシに対する、感情むき出しのな反論じゃ無かったのじゃ。

 非常に落ち着いた、理論的な反論やったんや。

 何でも、人の心の奥の意識、つまり各個人の潜在意識とは、氷山のように海に浮いているんじゃねえ、大陸棚が海底で繋がっているようにだ、最後は宇宙全体を司る宇宙意識へと繋がっている、と、もの凄く丁寧な文字と言葉で、返事が書いてあったのを覚えているんじゃ。

 それも、相対性理論や量子力学等の話を持ち出しての、理論的な話も添えてだ。


 さて、問題は、ここからなのじゃ。


 10月に入ってからの事じゃった筈じゃ。

 ここから、実に奇妙な事が、連続して起こって来たんじゃのう。


 先ずは、このワシの小中学校の同窓生で身長も高く美人でも有名であったKさんが、何と、真夜中に真っ裸で、ワシの住む小さな町の中央通りを大声をあげて走り廻ったと聞いたのじゃ。

 このKさんは、この町一番の呉服屋さんの娘でのう。このワシが、行こうかどうか迷っていた、県内三大進学高に進学してたんじゃ。


 で、それだけでは無いのじゃ。


 今度は、このワシの出た中学校では、全校で3番以内のみ受験を認められる、国立K大学付属高校に進学したTさんが、もっともっと酷い事になったんじゃ。

 ちなみに、このワシも3番以内で卒業しているからなあ、受験は、認められた筈じゃがのう。

 で、受験すれば、多分、合格していたやろうなあ。

 それは、ともかくとしてじゃ。

 まあ、これも聞いた話なんじゃが、そのKさんの事件で町中が大騒ぎになっている最中に、今度はそのTさんがのう、更に、酷い事になったんや。

 何しろ、下着を全部脱いで、大きく大きく股を開いて2階のベランダで、一晩中、叫び続けたと言うんだよ。方言を使うと身バレするかも知れないので、敢えて英語にして言うのだが、自分の通っている高校の校長の名前を呼んでやなあ、

「ファック ミー!」(注:英語訳)とな。

 これには、警察も緊急出動したらしいが、どうにも説得出来ない。

 一歩間違うと、ベランダから、飛び降りかねない状況だったからだ。彼女自身でも、そう言っていたと聞く。


 また、ライトで煌々と照らす事も出来ない。

 何しろアソコ丸出しだったからのう……。ライトで照らせば、若い独身女性の局部が、皆に、丸見えになるんじゃ。

 陰毛も、アソコも、全部だ。

 流石に、警察でも、どうにもならねえや。


 頭の良い近所の人が、口の上手い民生委員児童委員をそこに呼んでのう、彼女の説得に当たったと聞いている。


 いずれにせよ、僅か、1週間の間に、2人の女性が発狂したんじゃ。

 それだけなら、まあ単なる偶然なのじゃが、問題は2人ともこのワシが、進学を迷った高校へ進学していたと言う事と、共に、かっての同窓生や同級生だったと言う事なのだ。


 だが、これは、一体、どういう事だったんじゃろう。


 このワシが、呪殺を願ったのは、あくまで上級生のあの番長であって、彼女らでは決して無いんじゃ。

 

 もしかして、このワシが進学を希望していた彼女らに、呪いが、すっ飛んだのだろうか?


 しかも、極め付きは、そのバカ高校で、唯一のワシの味方であった担任のM先生が、交通事故でほぼ即死した事じゃった。

 これは、明らかに、可笑しいのじゃ。

 ワシの、唯一の味方の担任の先生が亡くなってしまうとは?


 これも、呪いの力の、反作用なんじゃろうか?


 再度、あの博士号を持っていると言う作者先生に、事情を詳細に説明して、これらの、因果関係を聞いてみたんじゃ。


 他の人には、このような相談は、とても出来はしないからのう。


 その作者先生はのう、ここで、信じられない話を書いて、このワシに、返事をくれたのじゃがなあ。


 その手紙の内容には、この私がとても理解出来ない高度な物理の数式を羅列して、この同時に起きた3つの事件に、共通する謎の現象の説明が、事、詳細に書いてあったんじゃ。


 残念ながら、私は理系では無いので簡単に理解できた訳でも無いのだが、それでも10枚近くの便箋には、相対性理論や量子力学の話から、一挙にオカルト系の話に飛んでは行ったものの、実に詳細に説明書きが書いてあった。


 その作者先生は、例えば、ハイゼンベルクの不確定原理の話を持ち出して、ある程度以下の細かい事象は測定不能であり、つまり「プランクの定数」以下の世界の事は測定不能であると、懇切丁寧に書いてあったのじゃ。

 つまり、極簡単に言い替えればじゃ、人の運命や、例えば、このワシが行った呪殺行為等も、どのように、この世の現象世界に反映するかは、予定や予測が出来ないと詳しく説明してあったのや。

 その一番簡単な例として、如何なる超高性能のコンピューターであっても、適当に投げたサイコロの目を当てられない事が証明していると、書いてあった。

 数学的に、確率論的には、サイコロには角角に「特異点」があるので、予測は、絶対、不可能なのだと……。


 最終的な結論として、多分、この3つの事件の連続は、そのトリガーが、この私の一連の呪殺行為にあったかも知れないし、また、そうで無かったかも知れないと、懇切丁寧に説明書きがしてあったんじゃ。


 そう言えば、かってのテレビ番組で、『あなたの知らない世界』で、司会進行の、タモリ氏が、似たような内容の番組を放送していたのは、それから、数十年後の話であったように記憶しているのじゃが……。


 

 



 

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