マリアの恋人
さわくま
第1話 マリアの死
最後に会ったとき、真里亜(マリア)は花に囲まれて、棺の中にいた。
眠っているかのように美しいその顔を見ていると、悲しみよりも怒りがこみ上げてくる。
「……バカじゃないのか」
真里亜がうっかりした性質だということは、嫌というほど知っていた。自分の物をあちこちに置き忘れるし、地下鉄にしょっちゅう乗り遅れる。初めてのデートの日、遅刻してきた彼女が「ごめん、どこ探しても部屋の鍵が見つからなくてさ~」と、駆け寄ってきたのを、「走らなくていいから」と、慌てて止めたのをよく覚えている。ちなみに部屋の鍵は、間の抜けたタヌキのキーホルダーと一緒に彼女のリュックに結びつけてあった。「よく忘れるから」と、目立つところに鍵をつけておいたのを、彼女自身、忘れていたらしい。
真里亜のそういうところが、嫌いじゃなかったのだ。友人としても……恋人としても。
でも、ここまでバカなやつだとは思わなかった。
「なんで、こんなに早く死ぬんだよ。やっと……やっと、しあわせになれたんじゃなかったのか?」
真里亜は何も答えない。つい、おとといまでは、あんなに楽しそうに笑っていたのに。大好きな学食の日替わり定食をもりもり食べて、「聞いてよ、昨日観た映画がめちゃくちゃ良くてさ~」と、輝くような瞳で話していたのに。
真里亜のきらきらした生命が、この世界から永遠に失われた。何もかもが、悪い夢にしか思えなかった。
この世界には死んだほうがいい人間が腐るほどいて、自分もそのうちの一人だという自覚はある。でも真里亜は違うのだ。彼女のような人こそ、生きて幸福になるべきだった。そして、長いあいだ「普通のしあわせは手に入らない」と言っていた真里亜が、その足がかりをやっと掴んだところだったのだ。
変わってやれるなら、いくらでも変わってやりたい。こんな、ろくでもない人間の命でも、彼女のために差し出せたなら、どんなに幸福だっただろう。
「おれも、そう遠くないうちにそっちに行くよ」
気づけば、その言葉が口からこぼれた。子どもの頃からずっと「いつ死んでもいい」と思って生きてきたのだ。真里亜が死んだ今、その思いはいっそう強くなっている。
もはや、この世にも、自分の「生」にも未練はない。
「真里亜の大好きなあいつじゃなくて悪いけど……でも、一人でいるより、少しはましだろう」
今は別れても、遠くないうちにまた会おう。それが、愛する人を残してこの世を去らなければならなかった真里亜への、せめてもの慰めの言葉だった。
そして……今この瞬間、自分がくず折れずに立ち続けるために、必要な言葉でもあった。
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マリアの恋人 さわくま @sawakumashiro
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