もし英雄が「世界を救うため」ではなく「快感を得るため」に戦っていたら?
- ★★★ Excellent!!!
もし、伝説の英雄が「世界を救うため」ではなく、ただ「致死級の攻撃を浴びて快感を得るため」に戦っていたとしたら?
本作は、そんなとんでもない「ドM」の戦士フィンと、彼の変態的な奇行を「自己犠牲の極致」と勘違いしてしまったヒロインたちが織りなす戦慄の物語です。
1. 主人公フィンの発明した「マゾ充」という生き方
主人公フィンは、痛みこそが至高の快楽である真正のマゾヒストです。彼がタンク(盾役)を選んだ理由はシンプル。
「誰にも文句を言われず、合法的にボコボコにされたいから」。
しかし、彼は死にたいわけではありません。最高の「痛み」を味わい、美少女に心配されながら回復魔法で癒やされる……この循環こそが彼にとっての楽園、すなわち「マゾ充」生活なのです。
彼の戦闘中の絶叫は、周囲には「苦痛に耐える魂の叫び」に聞こえますが、その実態は「快楽のあまり昇天しかけている歓喜の雄叫び」に過ぎません。この決定的な乖離が、物語のすべてを狂わせていきます。
2. 英雄視が生む「徳の監獄」
フィンの計算外だったのは、彼の「完璧すぎる被虐プレイ」が、周囲の超一流の女性たちを「重すぎる愛(ヤンデレ)」の深淵へと突き落としてしまったことです。
* 剣聖カルラ:彼の傷を「自分の未熟さの代償」と誤認し、罪悪感から全存在(指先から髪の毛一本まで)を彼に捧げようとする忠義の狂信者
* 暴風アストレア:人間嫌いだったはずが、フィンの(変態的な)献身に「世界の美しさ」を見出し、彼を汚す者を皆殺しにしかねない排他的な守護者へ変貌。
* 聖女マリアンヌ:傷つく彼を癒やすことに存在意義を見出し、彼を生殺与奪の権ごと愛でる静かなる支配者
3. 読みどころ:成立してしまった奇跡的な誤解
本作の最大の魅力は、フィンの「性癖」とヒロインたちの「感動」が、パズルのピースのように完璧に噛み合ってしまっている点にあります。
彼が快楽を求めて敵の攻撃に飛び込むたび、ヒロインたちの愛は重くなり、外堀は埋まり、彼は「理想の英雄」という役割から逃げ出せなくなっていきます。
バレれば社会的に死ぬ。バレなければ愛の重さで圧死する。
この「詰んでいる」状況で、なおも快楽を追求し続けるフィンの姿は、滑稽でありながら、ある種の清々しさすら感じさせます。
「勘違い」が世界を救い、その代償として主人公の日常を侵食していく様を、ぜひその目で見届けてください。