ヤンデレが「醸し出される」
- ★★★ Excellent!!!
本作の魅力は、ヒロインの純粋な感謝が、いかにして所有欲を伴う「重たい感情」へと変質していくかを、心理的に説得力をもって描く点で、
物語の基盤は、失恋で心に傷を負ったヒロイン・七瀬と、彼女を「推し」として無条件に支える「モブ」志向の主人公という、絶妙な設定にあります。
主人公の優しさが、精神的に脆弱な彼女にとって、執着を育む温床となってしまうのです。
この変質の決定的な転換点が「映画デート」のエピソードです。
作中映画の「負けヒロイン」に自らを重ねた七瀬は、そのキャラクターを慰める登場人物の姿に、現実で自分を支えてくれる主人公を投影します。
この瞬間、主人公は単なる優しい友人から、彼女の心を救う「特別な存在」へと昇華されます。
物語は、この心理的変化を段階的に深化させていきます。
エピソードタイトルは、彼女の感情のロードマップとして機能します。初期の「私を支えてくれる人」という依存の段階から、
「推しヒロインの嫉妬?」という排他性の芽生えを経て、ついには「私の文くん」という所有の段階へと至ります。
この巧みな嫉妬の描写は、他の読者からも高く評価されています。
作者は「重たい感情」や「どうしたら私だけを見てくれるのかな」といった言葉選びで、
彼女の心理が感謝から独占欲へと静かに、しかし確実に移行していることを示唆します。
結論として、本作の真の魅力は、完成されたヤンデレではなく、その萌芽(プロト・ヤンデレ)が「段々醸し出されてくる」過程そのものにあります。
ラブコメの皮を被った心理スリラーであり、読者は優しかった少女の愛情が、依存と救済を経て歪んでいく様を固唾をのんで見守ることになります。
主人公の純粋な善意が、皮肉にも自らを縛る執着を生み出すという構造が、物語に深い奥行きを与えています。
危険な愛が、いかにして優しさから生まれうるのかを描ききった、見事なキャラクター研究と言えるでしょう。