人間の欲望とか「エゴ」みたいなものについて考えさせられる作品でした。
主人公のマナミのもとにやってきた、怪しい訪問販売員。彼の取り扱う商品は「大好きだった人間」の「もっとも好きだと思っていた瞬間の姿」をコピーできるというもの。
それをミニチュアにして箱に入れ、常に自分のそばにいてくれる存在にする。
夫は最近になって横柄になり、容姿も劣化が激しく。そんな夫の昔の姿をコピーして箱に入れることに。
しかし、「箱」の持ち主はマナミだけではなかった。
彼女の勤める学校でも世間でも、同じものを持っている人間は数多く見かけられ。
そして彼らの「使い方」を見る中で、マナミは次第におぞましさを感じるように……。
「愛」とはなんだろうか。その人の全てを、その人の変化を好きになるのではなく、単純に「その人に投影していたイメージ」を愛しているだけ、ということはないか?
この「箱」の存在はそんな「自分にとって都合のいい他者」を与えてくれる。それゆえに人々のエゴが剥き出しになっていく。
「理想の姿」を目にし続けることで、人の心にも変化が起こっていく。
この感じは、二次元だったりアイドルだとかで「理想の姿」を示され続けることで「現実」の恋愛が遠ざかっていく感覚とも通ずるのかも、と考えさせられました。
あまりに綺麗過ぎる理想ばかりを見せられることで現実が許容できなくなる。そんな人間の側面が鋭く抉り取られているようで、読んでいて何度もハッとさせられました。
他者と対面する時、自分も無意識に相手に「イメージ」を押し付けてはいないか。そんなことも省みさせられ、強烈に心を揺さぶる一作となりました。
とても面白かったです!
訪問してきた営業マンに思わず買わされてしまったのは「愛していた人の好きだった時のコピーを永遠に閉じ込める透明な箱」。この箱を中心とする人々の姿を描きます。
SF前作の『太宰治に似たロボットが人間に失格しているかどうか判定してくる社会』に引き続き、まずは発想の勝利です。さらにその設定に名前負けしないストーリーで読ませます。
時を経るにつれて夫婦の気持ちが冷めていく、というのはよく聞く話です。そのあるあるを上手くSFに落とし込んでいるのが秀逸だなと思いました。
例の箱を使う様々な人々が描かれますが、人間って簡単に変わってしまうよなぁと考えさせられました。でも同時に、感情が時間と共に変わり行くからこそ「人間」たりうるのかなとも思えます。
箱が持つ能力だけを見ると、愛する相手の言動が変わってしまった人々を救うための「社会の利益」のように見えます。しかし、読んでいるうちに「本当にそうか?」となってきます。この逆説的な設定が面白かったです。面白いというか、もはや興味深さや感心のほうが勝ったかもしれません。よく考えられていると思います。
桜森様は直近だけでもモキュメンタリーホラーや異世界ファンタジーなど、色んなジャンルの作品を書かれています。小説の書き手として「引き出しの多さ」は絶対の強みだよな~と羨ましい気持ちになりました。