巣立ちの時

コリドラス@仁世亜

巣立ちの時

 岡田先生は厳しい教師だった。


 宿題を忘れたり、授業中騒いだりする生徒は廊下に立たされ、度が過ぎるいたずらには反省文が付いていた。

 ただそれは、僕らが悪さをしたからであり決して理不尽に怒ったりなんかしない、愛のある指導者でもあったのだ。

 卒業式が終わり、僕ら3-7の生徒は校庭に集まっていた。

 散々泣いた女子たちはあっけらかんと笑顔に戻り、写真を撮ったり歌を歌ったり、そして僕と将太は――ある作戦を目論んでいた。

 岡田先生を誘って花見に行こうじゃないかと。みんなもそんな僕らの作戦が決行されるのを、今か今かとこうして待っているわけである。


 岡田先生はこの春定年なのだった。

 桜が散ってその香りも薄れていく頃、岡田先生も教壇から消える。


 厳格であったため生徒たちには近寄りがたい印象を持たれがちだったが、中学三年通して岡田先生が担任であった僕と将太は、厳しさの中にある先生の優しさというものを、少なからず感じ取っていたつもりである。

 僕も含め悪さをした生徒を廊下に立たせた日は、決まって岡田先生はその生徒の机で昼の弁当を一緒に食べた。

 嫌がるやつもいたけれど、僕も最初は嫌だったけれど、次第に楽しくなった。

 恐いと思っていた岡田先生も子供の頃は実はやんちゃで、よく学校の先生や近所の大人に叱られたなんて話を、真面目に、しかしユーモアを交えて聞かせてくれたものだ。

 でも一番よく覚えているのは――

「おい隆、豆腐はなんで固まるか知ってるか」

 先生は僕の弁当に入っていた厚揚げを指差して言った。

「豆腐はにがりを入れて初めて固まって豆腐になる。にがりの打ち方一つでいい豆腐になるかどうか決まるんだ」

 いくら素材がよくても、その扱い方を間違えれば物にならん――

 あの時は意味も分からずぼんやり聞いていたけれど、今思い出すと何だかしんみり心に響いて、僕は泣きたくなるんだ。


「やわらかいみちばかりでなく、アスファルトのような硬いみちを、自ら選んで歩かねばならん時もあるだろう」

 祝辞で先生は僕らにこう言葉をくださった。

「君たちは若い。したがってこれからたくさんの良い物を吸収し、りっぱな大人になっていってほしいと私は願っています」


 将太に突かれてはっとした。

「先生、教室にいるらしいぜ」

 行こう! と将太が僕の肩を叩くと、3-7の一同が遠慮気味にざわめいた。

 校舎の階段を上り、次第に足が早まり、将太と競いながら教室に着いたその時――

「岡田せんせー!」

 大歓声が校庭に沸いた。

 先生が窓の外に顔を出したのだ。

 驚いた鳥たちが一斉に空へと羽ばたいていく。

 そして。

 教室を出ようと僕たちの方へ振り返った岡田先生の――

 ほころんだ優しい顔を僕は一生忘れないだろう。

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