第192話 天槍

 第5階層での凄絶な『解体手術』を終えた俺たちは、大量の竜の灰と、紫色に明滅する巨大な『不死の心臓コア』を抱え、再び第3階層の広大な農地へと戻ってきていた。


 ここからがいよいよ、本番である。


「……自分で言うのも何だが、やればできるものだな」


 完成したばかりのフカフカの黒土の上。

 諒さんは地べたに膝をつき、自身の成し遂げた成果を前に感嘆の息を漏らしていた。


 彼の目の前には、俺の用意した清潔な布が広げられている。

 その上に乗っているのは、先ほどまで岩場に咲いていた、たった一株の『黄泉の彼岸花』の球根——だったものだ。


 諒さんはスキル【術式解剖】と極薄の魔導メスを極限の集中力で操り、そのたった一つの球根を、顕微鏡でしか見えないような細胞片ピースのレベルまで、数万分割に切り刻んでみせたのだ。

 しかも、細胞の生長点と魔力回路を一切傷つけることなく。まさに神業としか言いようのない、人間離れした執刀劇だった。


 その精密な作業が成功と確信している俺達だが、それには魔力が関係している。

 魔力によって身体能力が向上することは既に何度も実感していることだが、それは視力という身体能力も同じだ。

 集中することで、本来では顕微鏡でしか見ることができない細胞片も、しっかりと確認することができる。

 そして、その細胞片が放つ微弱な魔力を感じることから、こいつが『生きている』ことも分かったわけだ。


「さあ、細胞の準備はできたぞ。次は貴様の番だ」

「ええ、任せてください」


 俺は、持ち帰った巨大な『不死の心臓』を両手で挟み込み、万力のような力で強引に粉砕した。

 紫色の魔力の塊が細かい粒子となって散らばり、それを大量の『竜の灰』と共に、俺とティアで広大な農地へと均等に混ぜ込んでいく。

 強大な腐敗竜の全エネルギーを注ぎ込んだ、極上の特製培養土の完成だ。


「よし。いきますよ」


 俺たちは、布の上に乗った数万の細胞片を、風に乗せるようにして広大な農地へと蒔いていった。

 青白い光の粉末が、黒々とした土の上へと降り注ぎ、吸い込まれるようにして消えていく。


 沈黙が落ちた。

 灰が舞う鉛色の空の下、三途の川の水音だけが不気味に響く。

 数秒、数十秒。何も起きない。


「……やはり、すぐに効果を発揮するというわけにはいかないか。何度か確認に来て成功かどうかを——」


 諒さんが諦めかけたように額に手をやった、その直後だった。


 ——足元の黒土が、脈打った。


 それは、巨大な心臓の鼓動のようだった。

 土の中に混ぜ込まれた腐敗竜の莫大な生と死の魔力が、蒔かれた細胞片と結合し、爆発的な臨界を迎えたのだ。


「見ろ……! 芽が……!」


 諒さんの震える声に導かれるように、黒土の表面が次々と盛り上がった。

 現れたのは、淡い青色を帯びた無数の双葉。

 それらは本来の植物の成長速度を完全に無視し、早送りの映像を見ているかのような凄まじい勢いで茎を伸ばし始めた。

 数十センチの高さに達した先端が膨らみ、蕾を形成する。


 そして。

 まるで、見えない指揮者がタクトを振り下ろしたかのように。


 数万、数十万という『黄泉の彼岸花』が、一斉にその妖艶な花弁を開いた。


「おお……」


 俺は思わず、感嘆の声を漏らしていた。

 先ほどまで、殺伐とした岩石砂漠だった死の世界。

 それが今、視界の果て、地平線の彼方まで続く、一面の「青白い光の海」へと変貌を遂げていた。

 花弁が放つ燐光が鉛色の空を淡く照らし出し、暗く淀んでいた第3階層全体が、まるで満天の星空を地上に降ろしたかのような幻想的な空間へと塗り替えられていく。


「腐敗竜が蓄えていた莫大な魔力が、完全に土へと定着したようじゃな」


 ティアが、青い花畑の中で誇らしげに腕を組んだ。


「これほどの濃度であれば、向こう数十年は一切の肥料を与えずとも、次から次へと豊穣に花が咲き乱れるはずじゃ。永久機関に近い、魔力の循環システムが完成したと言っていい」

「……完璧だ」


 諒さんが、花畑の中に力なくへたり込んだ。

 その瞳には、医者としての歓喜の涙が微かに滲んでいる。


「これだけの量があれば……不治の病に苦しむ世界中の患者を救うことができる。医療の歴史が、今日、ここで覆るんだ……!」


 興奮に打ち震える諒さんを他所に、俺は冷静に現実的な問題へと思考を巡らせていた。


「大豊作なのは良いんですが……。問題は、これを誰が管理して、誰が薬に加工するかってことです。俺、調合とか製薬の知識なんてミリも分かりませんよ?」


 ちらっちらっと諒さんに視線をやる。こまったなー、たいへんだなー、せっかく素材はあるのになー、という気持ちを十全に載せて。

 俺の言葉に、諒さんはスッと立ち上がった。

 その顔から先ほどの感傷は消え去り、ある種の覚悟を決めた、冷徹なまでのトップ・エリートの表情へと切り替わっている。


「……任せてもらおうか」

「へ?」

「代表。『空飛ぶ大福』ギルドに、本日をもって【医療・製薬部門】を新設しろ。そして、私をその責任者に任命するんだ」


 諒さんは、青く輝く花畑を背にして、力強く宣言した。


「栽培の管理、品質の維持、特効薬の精製、そして医療機関への流通網の構築。すべて私が引き受ける。この神の霊薬を、政治や利権の道具には決してさせない」

「おお……!」


 俺は内心で、渾身のガッツポーズを決めた。

 よっしゃ! これで俺は何もしなくても、世界最高峰の頭脳が勝手に薬を作って売りさばいてくれる!

 夢の不労所得ライフ、ついに開幕である。


「助かりますよ、農場長……いや、柾木部門長。それじゃあ、今日はとりあえず、俺たちが背負える分だけ刈り取って帰りましょうか。まずは本当にここから薬を作れるか確認しないといけないですしね」


 俺たちは各自のリュックサックや麻袋に、青い彼岸花を痛めないよう慎重に束ねて詰め込んだ。

 両手にも抱えきれないほどの花束を持ち、大豊作のダンジョンを後にした。


 ◇


「ただいまー。いやあ、重かった」


 『空飛ぶ大福』ギルド拠点も兼ねている我が家の玄関ドアを開ける。

 外の空気はすっかり夜のそれに変わっていた。


 いつもなら、桜が「お帰りなさい!」とエプロン姿で飛んでくるはずなのだが——今日は、様子がおかしかった。


 バタバタバタッ!と、激しく廊下を走る足音。

 血相を変えた桜と、珍しく余裕を失った表情の白雪さんが駆け寄ってきた。


「ひろくん!!」

「柴田さん! お帰りなさい、大変です!!」


 二人の深刻な声色に、俺とティアと諒さんは顔を見合わせ、抱えていた青い花束をそっと床に置いた。


「どうした、二人とも。何かあったのか?」


 俺が尋ねると、白雪さんが手にしたタブレット端末を俺たちの目の前に突き出した。

 画面には、大手ニュースサイトの号外記事が赤文字で踊っている。


「ネットが、大変なことになっています。……柴田さんが以前公開した、あの『ポーション』の無償レシピ。あれに対して、公式な非難声明が出されたんです」

「非難? 誰からだ? あんなもの、誰の不利益にもならない慈善事業だろう」


 諒さんが眉をひそめてタブレットを覗き込む。

 だが、白雪さんの口から告げられた相手の名は、俺の予想を遥かに超える巨大な組織のものだった。


「——【七雄】の一角。国内最大規模の医療系ギルド【天槍テンソウ】です」


 白雪さんは、痛ましそうに画面をスクロールさせた。


「彼らはこう主張しています。『空飛ぶ大福』が公開したポーションの製法は、自分たちの研究施設から不正に盗み出された未公開データである……明らかな【盗作】であり、特許侵害である、と」


 沈黙が落ちた。

 完全な言いがかりだ。あのレシピは、ダンジョンから俺たちが入手してきた、完全にオリジナルなものだ。


 だが、相手は日本の探索者業界を牛耳るトップ7、【七雄】の一角である。

 資本力も、政治への影響力も、メディアを操作する力も、一介の地方ギルドである俺たちとは比べ物にならない。


「……なるほど」


 せっかくの豊作気分に、泥水をぶっかけられた気分だ。

 俺はスッと目を細め、冷たく冷え切った声で呟いた。


「俺の善意を『盗用品』呼ばわりするわけね。……随分と、舐められたもんだな」


 ダンジョンの外で勃発した、権力と利権にまみれた理不尽な争い。

 売り言葉に買い言葉。喧嘩を売られたなら、徹底的に買い占めてやるのが俺の流儀だ。




———————— あとがき ————————


以上で第6章完となります。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


次章の構想を練るため、しばらくお休みしたいと思います。

構想が固まり次第再開したいと思いますので、今後もよろしくお願いいたします。

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ダンジョンでいきなり最強になったおっさん、元JKとまったり無双ライフを楽しむ。 大福 @daifuku_rocky

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