03 多々良浜へへの応援コメント
拝読致しました。
十倍差……自称の分を除いても数倍差の戦力。
アレクサンダー大王かい(^_^;)
これぐらいハードルが高くて初めて燃える人だったのか。
確かに、ラインハルト vs ヤンの対立を擬したくなるような状況、配役
、戦績ですよねぇ。
作者からの返信
何気にヤバい、足利尊氏の戦闘力^^;
十倍界王拳を使ったのか、といいたくなる戦いがここに。
っていうか、この人、逆境になると初めて本気出すから(笑)
逆に言うと、順境や有利になった途端、やる気をなくします^^;
……でもこのときは、先に楠木正成を見すえていたので、湊川まで本気モードで突っ走ります。
この湊川もまた、ラインハルトとヤンみたいなバトルを見せるからなぁ^^;
ありがとうございました。
02 円心の悪だくみへの応援コメント
拝読致しました。
ええっ、正成さんがンなこと奏上していたのですか!?Σ(゚д゚lll)
そいつぁ、突撃!今の心境どうですか~新田さんバージョン~を聞いてみたいところですね。
しかし正成さん、戦場だけでなく、こういう搦め手もやるんですね。
それで判官だというのだから、つつましいというか、何というか。
それでもゴダイゴさんを支え続けることはできなかった。
そりゃあ、貴族という大浪費機関を復古させちまったのだからねぇ(^^;)
仕事をしてくれないのに、浪費ばっかりして、なぜか権威を持っているとか、そんなん養うとすれば、皺寄せは実働部隊に寄らざるを得ない。
まあ、時代はそんなんを求めていませんよね……(^^;)
作者からの返信
これ、足利視点の「梅松論」に書いてあるみたいなんですよね。
だから、正成さんがそう言って来たということに、ちょっと真実味を感じます。
新田さんがそれを聞いてどう思ったか……かえって毒気を抜かれて、「へ~」とか言いそう。
正成さんはたぶん、戦えるし外交できるし、政治もできる人です。
でも一番やりたかったのは行政なので、だから「判官でええ」と言ったのでは。
しかし皮肉なことに、その行政のために立ち上げた政府が、天皇に貴族という王政復古。
これがフーシェだったら、秘密警察を作って牛耳るんですけど(笑)、正成さんは真面目なんで、綸旨には従うんですよね……。
じゃあ何でそこまで真面目なのかは、これ以降の作品で述べていくことになりますが、この作品でもちょっと触れております。
ありがとうございました。
01 負けいくさへの応援コメント
拝読致しました。
なるほど、言われてみれば源平合戦の役違い、と言うように似てますね。
京都を中心として東西という2次元に簡略化できる地勢がそうさせるのか。
しかし赤松さんの早馬にあったヒドい奏上は誰がしたのやらΣ(゚Д゚)
新田さんが激おこしちゃいますよ!
作者からの返信
源平合戦で、もし平家が成功を期すとすれば、どうすればいいか。
……これは、当時の軍事専門家の武士たちで論議されていた課題だと思います。
だからこそ、こういう言い方で「源平のコートチェンジ」で理解できたのでしょう。
赤坂さんがニュース速報でつかんだ奏上はですね、実は足利サイドの史料「梅松論」に記されています。
どんな風だったかは次回で語ります^^;
ありがとうございました。
01 負けいくさへの応援コメント
ちょうど、「かたちなきもの」と対になるような逆サイドからのお話ですね!
>その正成との戦いに、自信鳴無きようでは、円心は御せぬ。
「鳴無きよう」のニュアンスがちょっと不明なのですが、「音無=おとなし」の意味と同じでよいのでしょうか。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
実は「かたちなきもの」を先に書いてました。
それが、お題フェスのことを考えて、対になるこちらを書きました^^;
「鳴無きよう」が誤字です。
大変失礼しました。
「無きよう」が正しいです。
修正させていただきました。
実は隙間時間にスマホで執筆している時がありまして、その時のものですね^^;
ありがとうございました。
編集済
04 院宣への応援コメント
こんばんは、御作を読みました。
院宣。この一手で何もかもが覆ったというか――。
八回まで大差負けだったのに、九回裏でなぜか追いついたというか。
「強いだけではなく、裏付けを持ち、その強さがつづくと思わせる」
というのは見事なセリフだと思います。
北条(常に仲たがい)も、建武政権も、いつ転覆してもおかしくない危うい状態だっただからなあ。
なお足利家その後、げふん>w< 面白かったです。
作者からの返信
院宣ゲット。
これで足利はその支配の裏付けを得ました。
土地をどうこうしても、院宣をふりかざせば正当。
じゃあ土地をくれと武士たちがわらわらやってきて――^^;
ただ強くて、勢力がでかい――それだけじゃもう信用できないよ、というのが当時の武士たちの気持ちだと思います。
肝心かなめの後醍醐天皇がちゃらんぽらんだったため(笑)、足利尊氏がちゃんと院宣をゲットしてきちんと政治をおこなって、それが「つづく」となれば――そりゃああっちの水は甘いぞ、となるわけです^^;
そしておっしゃるとおり、足利は「つづく」んですけど、それだけ内紛も「つづく」という(笑)
ありがとうございました。
03 多々良浜へへの応援コメント
こんばんは、御作を読みました。
いや、本当に尊氏さんなんで勝ててるの?
ですからね。
戦略レベルでもおかしい見通しで動いているけれど、戦術レベルでも多々良浜で十分おかしい戦果をあげてあげている。
尊氏さんの正成さんへの思い入れが興味深く、面白かったです。
作者からの返信
やはり伝説の河内源氏の血を引く、超源氏には誰も勝てないのか(笑)
……この人、やる気のなさやブレがあるにもかかわらず、こういう時に勝っちゃうところが何だかなぁと思います^^;
で、本気を出すならさっさと出せよと後世のわれわれは思っちゃうワケです(笑)
拙作においては、この時は正成さんへのアツい想いがあったから、ということにしましたが^^;
ありがとうございました。
編集済
02 円心の悪だくみへの応援コメント
こんばんは、御作を読みました。
正成さんの後ろ盾が……、この時点では亡くなられているといえ、よりにもよって大塔宮護良親王だったから、なおのこと公家たちは色々と反対したのかも知れません。
護良親王は良かれと思って征夷大将軍になろうとするし(天皇親政やりたい親父さんの意図を読み違えてる)、野盗崩れを囲うし、尊氏暗殺計画立案が噂されてるし……と、後醍醐帝の地雷を踏みまくった方だったからなあ。
結果的に、正成さんの正論はすべて封殺されちゃった。なんとも悲しいことです。
足利方からみた、彼の動きが面白かったです。
作者からの返信
大塔宮は中二病って言うか、そこまでせんでも……というところがありましたからね。
正成さん、そこはビジネスライクに大塔宮とは距離を置いています。
だから大塔宮が鎌倉に行っちゃった時も、変わらずに師直さんとキャッキャウフフしながら仕事してました^^;
でも公家からすると同じ穴の狢だったんでしょうね……。
だから正成さん、スペシャルで、敵二百万で、籠城戦なんだよと叫んでたけど(笑)、無視。
むしろ足利から「すごいなあ」と感心されているところ(だから梅松論に書かれているのでは)が、何とも言えません^^;
ありがとうございました。
04 院宣への応援コメント
お坊ちゃんだから逆境で本気出すけど、それが終わったら面倒になっちゃうんでしょうね。
もう俺働かなくてもいいよね、ってな感じで。
九州に落ちたときがある意味最大の逆境で、正成とガチンコできるのが楽しみでもあったと思います。
倒しちゃったら、もう楽しみがない。
因果な性格です。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
これが頼朝や家康だったら、二度とこうならないようにしよう、と努力していくんですけどね……。
尊氏は御曹司だからなあ……^^;
しかも最初は次男だったから、どうせスペアだろという根性があったのかも。
っていうか、直義がいるからおれはいらねーよ、とか^^;
多々良浜の戦いと武蔵野合戦が尊氏の二大危機で、多々良浜の方は、ラスボス正成がいるから、オラワクワクすっぞと盛り上がっていたのでしょう。
武蔵野合戦の方は、勝ったらもう悟飯(義詮)がいるから、とアッサリ終わりました^^;
おっしゃるとおり、ホントこいつは……と言いたくなります。
ありがとうございました。
04 院宣への応援コメント
完結お疲れ様です。
私にとっては、足利尊氏の凄さを最も感じるのが、この時期です。
個人的な印象ではあるのですが、私は尊氏は他の武家政権の樹立者達に比べると一段落ちると思っています。
家中をまとめられず、弟や息子と熾烈な争いを続け、結局南北朝の統一も出来なかったわけですから。それに、その事績を見るに、いまいち強固な意識が掛けている人物であるようにも思えます。
ですが、この時期の凄さばかりは認めないわけにはいきません。
御作を読むと、楠木正成との対決を意識してたからなのかな? という風に思えてきます。
次はいよいよその湊川の戦い。期待しております。
作者からの返信
おかげさまで完結いたしました。
尊氏の凄まじさって、確かにこのあたりにあると思います。
あそこまで追い込まれて、逆襲のシャアもびっくりのリターンアタックを決めるのは凄い。
また、後年、武蔵野合戦という、将軍位もみかども京も奪われた状態からの逆転もやっている人なので、まぐれじゃないところが、何とも言えません。
……それでも弟や隠し子と揉めちゃうのは、頼朝や家康に比べると、恵まれた立場にてハングリーさに欠けるせいだと思います。
ちょっとネタバレになりますけど、湊川って尊氏が政略、戦略と最初から本気を出して挑んだ戦いなので、やっぱり正成のことを気にしていたんじゃないかと思います。
次は湊川、というか、その前のとあるイベントをやるつもりです。
ありがとうございました。
04 院宣への応援コメント
完結、お疲れさまでした。
歴史上にはいろいろ「祝い」のネタが転がっていますが、前回の続きできましたね。確かに院宣というお墨付きがあれば、大義名分が欲しい尊氏にとっては「祝い」でしょう。
いよいよ湊川決戦、というところで本作は終わっておられますが、決戦の方も楽しみにお待ちしております。
なお、今回描かれた時期で一番好きなエピソードは、やはり赤松円心の時間稼ぎです。この話を聞くと、どうしても関ヶ原の時に真田に足止めを食らった秀忠を思い出してしまうので、あんなレビュータイトルになりました(笑)。
新田義貞については、司馬遼太郎も「稀世の戦下手」とか何かで書いていた気がしましたが、生まれた時期が悪かったというか……。
作者からの返信
今回はレビューへの返信から。
吉継「えっ」
家康「スンマセン、ウチのバカが!」
秀忠「だってあんな手に引っかかる奴、子孫がいたら可哀想で……」
家康「ウチの(公式)家系図見ろ(新田→世良田→得川)。殺すぞ」
……さて、やっぱ太平記で書いて来たので、頭がそうなっているので、建武の乱シリーズでやらせていただきました^^;
尊氏のこの辺の寝技が凄まじくて、書いていて「うわあ……」となっちゃいましたけど。
一方で円心は円心で、義貞の人の良さにつけこむ悪い奴だし……(笑)
ここで正成を派遣していればと思いますけど、彼、和平派なのよね^^;
義貞は、司馬遼先生の言うとおりだと思います。
太平記でもその辺を気にしていて、正成が飲みに誘ってメンタルケアをしているぐらいです(正成って、どんだけ優しいんだよというエピソードでもあります)。
「祝い」というお題ですが、このあたりって湊川とか桜井の別れとか、真逆のイベントしかないので、そういう意味では消去法で多々良浜になりました。
次のお題は、また応用の利くお題なので、もうちょっと決戦の近辺をお届けするつもりです^^;
ありがとうございました!
編集済
04 院宣への応援コメント
いやあ、四谷軒さん。短篇らしいスピーディな展開で面白かったですよ。昼休みが充実しました。ありがとうございました。
尊氏は室町幕府を興しただけあって、武士というより政治家ですよね。清濁併せのむというか。そのあたりが正茂と少し違うところかも知れません。
良い作品でした。
お星さまをパラパラしておきますー。
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
短編って、とにかくスピードが命なので、サクサク読めるよう意識しております^^;
そのため、昼休みが充実は、最高の褒め言葉です。
尊氏はそうですね、政略の時点で勝ちを決めているので、まさに政治家です。
寝技裏技、みんな使って貪欲に行く、そういうことができるからこそ、あの時代を制したと思います。
一方の正成は、おそらくみずからを公務員と規定していたため、あまりそういう手は用いなかったのでしょう……まあそこが美点なんですけど。
ありがとうございました!
03 多々良浜へへの応援コメント
ほう、寡兵で大軍を破るには、やはり謀略が不可欠ですね。
わたくし、歴史ものを読むときに、兵数は常に10分の1で考えていますが、実際にはどうだったんでしょうね。20万なんて、中都市が一つ移動しているみたいなもので、兵站が持つはずないような気がするのです。
曹軍100万にも同じことが言えますね。
作者からの返信
何でもやらないと勝てない以上、ガンガン謀略をしかけていったと思います。
特に尊氏は、その手の謀臣には事欠きませんし。
高師直とか高師直とか(笑)
太平記って兵数はいつも盛っていると思います^^;
千早城の戦いとか、二百万とか言ってるんですよ。
たぶん、太平記読みという講釈師たちが言いやすいように、そしてド派手に盛り上げるために、二十万とぶち上げたと思います^^;
曹操の百万は、三国志演義と、あと曹操自体が百万と「公称」したのかも。
ありがとうございました。
04 院宣への応援コメント
やっぱり足利さんの動員力は桁違いですね。
光厳上皇は、かつては情勢に振り回されるだけの気の毒な君主とされていましたが、最近ははっきりと意志を持った君主という説もあるようです。そのぶん、光明天皇、崇光天皇の存在感が非常に薄いですが(後光厳天皇はその光厳上皇との確執で存在感がありますが)。
ただ、後醍醐天皇のように、政治を動かそうという意志よりも、皇統を続けさせたいという意志に集中したことが成功要因でしょうか?
次は湊川? たのしみにしています。
本話まで楽しませていただきました。ありがとうございました。
作者からの返信
足利コネクションは、斯波、今川、上杉と、もうこの時点で全国クラスなので、もうひとり勝ちと言っていいぐらいです。
その上、「打倒建武」という時勢を作り出して乗っかって……横綱相撲ですね。
光厳天皇は、やっぱり帝位に対する執着があったと思います。
でなきゃ尊氏の誘いに乗らないでしょうし。
花園天皇の教育のおかげで、精神的にタフだったのは確実だったと思います。
ただ花園天皇からすると、尊氏の誘いに乗るのはちょっと……と思っていたのかも。
次はですね、湊川の前の、あるイベントについてです。
実は建武の乱シリーズで最初に書いたのが、次のお話です。
これを書いたおかげで、あの戦いと京都攻防戦、多々良浜と書くことができました。
こちらこそ、ありがとうございました。
01 負けいくさへの応援コメント
あけましておめでとうございます。御作を読みました。
韓信が劉邦に対して「陛下はせいぜい10万人の兵士しか率いる能力がないっすねw」と答えたと史記にありますが――。
10万人を率いるって、たいしたものですよね(;'∀')
その二倍を、守るに難い京都で差配するのは、さすがに尊氏さんでも厳しかったかも。相手は義貞さんに、正成さん、顕家さんと、どないせいっちゅうねんというゴールデンメンバーだし。
でも、負けてもすぐに舞い戻る算段をつけるのが――怖いところ。
面白かったです。
作者からの返信
淮陰候、そういえばそんなこと言ってましたね(笑)
二十万は太平記特有のマシマシ数字なんでしょうけど(笑)、まあそれぐらい大勢を率いて京へ突入して統制して、それで四方八方から魍魎の武丸みたいな南朝ベストメンバーがカチコミに来て……^^;
そっからまたコンティニューしちゃう尊氏も尊氏ですけど(笑)
まあ確かに化け物同士のバトルでした^^;
ありがとうございました。
02 円心の悪だくみへの応援コメント
もうちょっと正成さんも遠慮がなければね。
後醍醐天皇の指導力に期待していたのかも。
平安時代の枠組みをひきずっている京都の貴族を抱えて身動きが取れなくなるとは思ってなかったのかな。
作者からの返信
正成さんは、理想の職場を作るために政府を倒しちゃう公務員だから、公務員としての限界があったのでしょう。
それに、事実上倒幕の指揮官だった自分が言えば、抵抗はあるかもしれないけど、話が通ると思っていたのでは。
でも公家が思った以上にアレだったことが、正成にとっても後醍醐にとっても敗因だったのでしょう。
ありがとうございました。
02 円心の悪だくみへの応援コメント
朝廷側も、天皇、正成、義貞だけならば、もっと機動的に動けたんでしょうけど、荘園公領からの収入低下で経済的余裕を失い、男系子孫が増えて内部対立の火種を抱えた公卿を大量に抱えて、動きが遅くて効率悪いですね。それを組み替えて幕府の体制を整える高さんも恐るべし。
こうやってみると、建武体制もっと武臣をたいせつにしていれば、と思うのだけど、できなかったんだな。
天皇方が勝ったところで、新田義貞の首を差し出して講和という敗者側のような条件を出した楠木正成もすごい判断だと思いますが、どこまで本気だったのでしょう?
おもしろかったです。
作者からの返信
新政とうたいながらも、旧体制のデメリットを引き継いでおり、その辺が玉座の革命家の限界だったのかもしれません。
太平記だと、ことあるごとに公家の誰かが正成に反対していますが、つまりは公家層の反発があった、ということなのでしょう。
師直はこの辺を見ていて、というか働いてみて、この限界を取っ払おうとしたのかも^^;
建武政権は、天皇と公家を大将として勝ってしまったため、だからこそ武臣を軽んじる展開だったのでしょう。
元弘の乱において――武臣は、天皇と公家の言うことを聞いただけ、みたいな。
この辺を察したからこそ、尊氏は建武政権から距離を置いていたんでしょうね。
義貞の首を出して和睦、というのは梅松論に載っているみたいです。
太平記でそれやっちゃうと、湊川の戦いの前の、義貞と正成の飲み会への流れがおかしくなっちゃうので(笑)、載らなかったのでしょう。
正成としては、そこまでしても、和睦すべきだと思ったのでしょう。
実際に尊氏と戦った身としては、和睦の必要を痛切に感じており、ほんとうに首を出すかは置いておいて、何としても尊氏との和睦をと必死だったのかも。
……そして、こういう判断と諫言をする貴重なブレーンを、次の湊川であんな目に遭わせちゃう後醍醐は、もう限界だったと思います。
ありがとうございました。
01 負けいくさへの応援コメント
赤松さん情報力ありそうだからなぁ。
尊氏は正成さんを「悪党」とばかにせず、ちゃんと理解しようとしたところが違いでしょうか?
しかし、このころ、光厳上皇をはじめ持明院統・大覚寺統邦良流の方たちはどこにいたんでしょう?
作者からの返信
赤松円心は幕吏だったこともあるので、相当コネクションを持っていると思います。
正成の義兄であること自体が凄い。
尊氏は多分、正成のことを正当に評価していたと思います。
師直を同僚にしたり、湊川では、珍しく本気を出して最初から準備をしてたたき潰したりしてますし。
光厳院その他は、後醍醐がプロテクトしていたのかもしれません。
足利コネクションの力をもってしてもすぐ院宣をゲットできなかったことから、たとえば京の近くにいたとしても、ホイホイ入れないところにいたのかも。
ありがとうございました。
04 院宣への応援コメント
拝読致しました。
赤松さん、何気に新田さんを下していたんですね。(^^;)
そして尊氏さん、活き活きしているなぁ。
やっぱり盤面を制して、大局から一手ずつ状況を詰めていく様子は、いかにも尊氏さんらしくて。
正成さんはあくまで公僕たろうとしているから出しゃばらず、挙句に戦略的に不利な状況から始めなくてはならなくなる。
尊氏さんサイドから、南朝を攻略する手順を見ていると、よりそれが強く感じられますよね。
さあ、いよいよ、残すところは湊川、ですね(^^;)
作者からの返信
お星様、ありがとうございます。
赤松さんは、逃げ腰の新田さんの様子を見て、追い討ちしました(笑)
まあ、機を見るに敏、という人なんで^^;
尊氏さんは、おそらく生涯初めて全力で戦えるんで、めっちゃ嬉しがってます(笑)
事実上、幕府の将軍みたいなものなので、フリーハンドで采配を取って、将兵を揃えて……盛り上がっていたと思います。
裏方の直義は泣いていたでしょうけど^^;
師直は苦笑しながらサクサク仕事していたと思います(笑)
一方の正成さんは、検非違使だし、大将軍は新田さんだし、あくまでも一部隊の隊長として、それに臨まなければなりません。
かなりキツい状況ですが、これまでの戦いで多くの人を犠牲にした、という想いが、正成さんに逃げを許さないところが何とも……。
ラストバトル、湊川は目前ですが、その直前に一個イベントがあります。
次作はそれになります^^;
よろしければご覧くださいませ。
ありがとうございました。