あけましておめでとうございます。御作を読みました。
韓信が劉邦に対して「陛下はせいぜい10万人の兵士しか率いる能力がないっすねw」と答えたと史記にありますが――。
10万人を率いるって、たいしたものですよね(;'∀')
その二倍を、守るに難い京都で差配するのは、さすがに尊氏さんでも厳しかったかも。相手は義貞さんに、正成さん、顕家さんと、どないせいっちゅうねんというゴールデンメンバーだし。
でも、負けてもすぐに舞い戻る算段をつけるのが――怖いところ。
面白かったです。
作者からの返信
淮陰候、そういえばそんなこと言ってましたね(笑)
二十万は太平記特有のマシマシ数字なんでしょうけど(笑)、まあそれぐらい大勢を率いて京へ突入して統制して、それで四方八方から魍魎の武丸みたいな南朝ベストメンバーがカチコミに来て……^^;
そっからまたコンティニューしちゃう尊氏も尊氏ですけど(笑)
まあ確かに化け物同士のバトルでした^^;
ありがとうございました。
赤松さん情報力ありそうだからなぁ。
尊氏は正成さんを「悪党」とばかにせず、ちゃんと理解しようとしたところが違いでしょうか?
しかし、このころ、光厳上皇をはじめ持明院統・大覚寺統邦良流の方たちはどこにいたんでしょう?
作者からの返信
赤松円心は幕吏だったこともあるので、相当コネクションを持っていると思います。
正成の義兄であること自体が凄い。
尊氏は多分、正成のことを正当に評価していたと思います。
師直を同僚にしたり、湊川では、珍しく本気を出して最初から準備をしてたたき潰したりしてますし。
光厳院その他は、後醍醐がプロテクトしていたのかもしれません。
足利コネクションの力をもってしてもすぐ院宣をゲットできなかったことから、たとえば京の近くにいたとしても、ホイホイ入れないところにいたのかも。
ありがとうございました。
四谷軒さん。これはもしや、「祝い」のお題の作品ですか?
わざわざ点うたないと分からないくらいの絡め方ですねw
作者からの返信
実はお題が出る前に脱稿しておりまして……^^;
それで、お題の「祝い」を見て、改稿したのです。
だからちょっと強引なのは否めません^^;
ありがとうございました。