第11話 ライバルの秘密②
すべてを聞き終えたリンは、開口一番に告げた。
「――よし、わたしに任せなさい」
「はぁ?」
セイラは驚いた様子で顔を上げる。リンの表情は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えない。
「任せなさいって……あたしの問題をあんたが解決してくれるっていうの? あたしはあんたの婚約者を奪おうとしていたのに?」
「あなたにも事情があったじゃない。それよりも、嫌がらせで結婚させられる方が問題よ――大丈夫。わたしと神竜様がどうにかするわ」
リンはセイラの手を取ると、安心させるように微笑んだ。
◇◇◇
それから一週間ほどたってから。
「ちょっとあんた、何したのよ」
授業を終えたばかりのリンの元へ、狐につままれたような表情のセイラが現れた。
「さっき突然家から連絡が来て……それで、あたしの縁談は破談になったらしいのよ。しかも、あたしが望むなら、神竜様が代わりの相手を紹介してくれるって……いったいどうなっているわけ? あたしは夢でも見ているの?」
リンはなんてことのないように答える。
「すべては神竜様のおかげよ」
あの後、リンはヒルデブラントに事情を説明し、セイラを救ってくれるように頼み込んだ。最初は渋っていたヒルデブラントも、「これでリンが面倒事に巻き込まれなくなるなら」と最終的には了承してくれた。すでに手を回しているとは、仕事が早い。
「でもいくらあんたの頼みだからといって、あたし一人のために神竜様が動いてくれるなんて。こないだの件で絶対嫌われたと思っていたのに」
「だって、わたしの友達が困っている、って伝えたもの」
「……は?」
セイラが、信じられないものを見るような目でリンを凝視する。
「とも、だち……えっ。誰と、誰が……?」
「わたしと、あなたが」
「はぁあああああああ!?」
教室中へ響き渡った大声に、生徒たちの視線が集まる。セイラの声は大きいのだ。注目を浴びて恥ずかしくなったのか、彼女は腹立たしそうにリンを睨みつけてきた。
――そこまでおかしなことを言ったかしら?
リンはセイラの態度に首をかしげる。
確かに、セイラの第一印象は悪い。暴言を吐いてきたし、婚約者を狙おうとしてきた。だが、真正面からぶつかり合ったことで、リンは彼女の抱えている事情を知った。根は悪い人物ではないと感じたし、不本意な婚約が解消された以上、セイラはもう問題を起こさないだろう。
つまり、喧嘩して仲直りした、ということにならないだろうか?
それに、なんとなくセイラとは相性がよさそうな気がする。何でも遠慮なく言い合える友人関係に、リンは憧れていた。
「いや、全然違うから! あんたバカじゃないの!?」
否定の言葉とは裏腹に、セイラの顔はゆでだこのように真っ赤になっている。
「ちょっと一緒に過ごしたからって、と、とも、友達、だなんて……調子に乗るんじゃないわよ!!」
自分で言って耐えきれなくなったのか、セイラは脱兎のごとく教室を飛び出していった――かと思いきや、扉から顔だけをのぞかせる。
「……ありがとう」
とだけ呟くと、今度こそセイラは逃げていった。
リンは思わず頬を緩ませる。
全く、素直ではない。
◇◇◇
なんやかんやあって、リンとセイラは友達になったわけだが――
「ちょっと、さっきの神官かっこよくない? 名前なんていうの? 教えなさいよ」
「あなた少しは懲りなさいよ」
リンの私室に遊びに来るなり、セイラは男の話を始めた。
残念ながら、人の性格はそう簡単に変わるものではないらしい。学園の生徒の次は、神殿にいる神官や聖騎士たちに狙いを定めているようだ。
ちなみに、神官たちはヒルデブラントの前以外では素顔を晒している。
「ねえ、結局神竜様ってどんな顔しているの? 絵に描いてみせてよ」
「えー」
気は進まないが、リンは紙の上にさらさらとペンを走らせる。完成した絵を見せた途端、セイラは吹き出した。
「うっわ。あんた、絵下っ手くそ」
「ちょっと! あなたが描けって言ったんでしょうが」
自分ではうまく描けた方だと思っていたが……どうやらリンには芸術の才能がないようだ。
やいやい言い合っていると、アトリがお茶とお菓子を運んでくる。
他の神官とは違い、アトリは顔を覆い隠したままだ。なんでも、彼の顔があまりにも整いすぎるため、リンの前で素顔を晒すことを禁止されているらしい。リンが彼の顔を見たのは十年前の一度きりだ。こういうところにもヒルデブラントの心の狭さが垣間見える。
「オルトリンデ様、楽しそうですね」
「そう見える?」
今日のおやつは饅頭である。これも第二王国の名産品だ。
セイラは饅頭を珍しそうに眺める。
「へえ……もっと最新のスイーツとかが出てくると思っていたんだけど、意外と渋いわねえ」
「もしかして今、私が年寄りくさいとおっしゃいましたか?」
「やめなさい神官長。誰も何も言っていないわ」
そういえば、アトリは何歳なのだろう。リンの計算だと三十代くらいのはずだが、皆から年寄り扱いされているところを見ると、もっと年上なのかもしれない。
アトリの退出後、早速お茶の時間を始める。
せっかくなのでミレイユのことを相談したら、
「は? そんなことで悩んでるの? バッカみたい」
と、いきなり暴言を吐かれた。
「もう、こっちは真剣に悩んでいるのよ」
セイラがティーカップを皿に置くと、ガチャンと音が鳴る。彼女の仕草は全体的に雑だ。
「そのロベール? とかいうのと深い仲になっても、別に問題なくない? だって、結婚後は世間の目とかもあるし、自由に動けなくなるじゃない。せっかく向こうが乗り気なんだから、独身のうちに遊んでおいた方がいいわよ。向こうの主公認なんて、そんな都合のいいこと滅多にないわよ」
「えぇ……」
リンは本気でドン引きした。この女の倫理観はどうなっているのか。
セイラはニヤリ、と悪そうな笑みを浮かべる。
「大丈夫大丈夫。うちの学園には火遊びしている奴らなんていっぱいいるんだから。もちろん人前で堂々をやっていたら大事になるけど、みんな暗黙の了解で楽しんでいるのよ。要するに、バレなきゃいいのよバレなきゃ」
「そんなにいっぱいいるの!? え、怖い。貴族超怖い」
ふと、刺すような視線を感じてリンは振り返る。背後に控えていたナンナが、両手で大きくバツの字を作っていた。言われなくてもわかっている。この倫理観崩壊女と一緒にされるのは心外だ。
「言っておくけど、わたしは恋愛をするなら、相手には真摯に向き合いたいの。だいたい、向こうは真剣なのにそれを弄ぶなんて失礼じゃない。だから困っているのよ」
「あんたは真面目ちゃんだからね……聞く感じだと、相手の男も恋愛経験なさそうよね?」
セイラにはロベールとの出会った時の話もしている。彼女は紅茶をずずっ、と啜ってから口を開いた。
「まあそれなら、卒業までひたすら我慢するしかないわね。何の解決にもならなけど」
「なるほど……」
言われてみればその通りだ。
第五王国の王族であるミレイユと、護衛のロベール。二人はいずれ国に戻らなければならない。一方のリンは、卒業後はすぐにヒルデブラントと結婚する予定だ。聖都から出る機会はほぼないだろう。
親しい人との別れを何度も経験することになる――以前、ミレイユに言われたことを思い出す。毎日のように顔を合わせることができるのも、今の内だけなのだ。そう考えるとなんだか寂しい。
「どうしても目に余るようだったら、その子に直接注意した方がいいと思うわ。友達なんでしょ?」
「……うん」
「あとは神竜様に相談するとか」
「それは最終手段にしたいわね……」
なんだかんだいって、セイラはきちんと相談に乗ってくれている。本来は面倒見のよい性格なのかもしれない。
「そういえば、あなたも卒業後は国に帰ってしまうのよね」
しんみりと呟くと、セイラはきょとんとした表情になった。
「え、あたし? うーん、どうしよっかなー。あのバカどもの顔なんてもう見たくないのよね。ここでいい人が見つかったら、このまま聖都に居座ってやろうかしら。何なら神竜様のコネで就職できたりしない? 神竜王庁の職員とか」
「うわ図々しい」
……もしかすると、セイラとは長い付き合いになるかもしれない。
◇
「リン。あの子はもう帰った?」
セイラの帰宅後。ヒルデブラントが扉の隙間から、遠慮がちにリンの部屋をぞき込んでくる。
「うん。つい先程ね」
リンが答えると、ヒルデブラントはおそるおそる部屋の中に入ってきた。ソファに座っていたリンの隣に腰を下ろすと、いつものようにぎゅっと抱き着いてくる。
「ふう……ようやく邪魔者がいなくなった。リンってば、最近はあの子と過ごすことが多いよね。そのせいで僕とリンが二人きりになれる時間が少なくなる……許しがたいよ」
「神竜様。邪魔者だなんて、そんな言葉遣いしちゃ駄目っていつも言っているでしょ。わたしの友達なんだから少しくらいは大目に見てよね」
「うっ……わかっているけどさ。でも、僕はまだこの前のこと怒っているんだよ」
「それは……うん、ごめん」
ヒルデブラントは口をとがらせる。年の割に子どもっぽいところは、若干セイラに似ていなくもない。
「ところで、神竜様って正確には今何歳なの?」
ふと浮かんできた疑問を、リンはヒルデブラントにぶつけてみた。
「僕の年? うーん」
ヒルデブラントは難しい顔で考え込む。人間よりも遥かに長い時を生きているためか、いちいち数えてはいないようだ。
「とりあえず、人間が誕生して三千年だから……まあ、それ以上は確実に生きているね」
「さんぜんねん」
やはり人間とは規模が違う。リンが今十六歳なので、セイラの婚約者とは比べ物にならないほどの年齢差だ。
「……つまりは、神竜様もジジイってこと?」
「じっ……ジジイ!?」
ヒルデブラントは驚愕の表情で固まる。
「リ、リリリリンっ!? どうしてそんなひどいことを言うんだい!? 僕はこんなにも、ピッチピチの美青年だというのに!」
「神官長の言葉が移っているわよ。もしかして、神官長に当たりが強いのは同族嫌悪……」
「断じて違う!! ……もしかして、僕が年を取り過ぎているから結婚したくない、なんて言うつもり? えっ、それは困る!! 僕を見捨てないで!!」
「うーん、どうしようかなあ」
「リン―!?」
リンは軽い気持ちでからかっただけなのだが、ヒルデブラントの顔色はどんどん悪くなっていく。さすがにかわいそうになってきた。
「ごめんごめん、冗談よ。たとえ何歳だとしても、神竜様は神竜様よ。それでわたしの気持ちが変わったりはしないわ」
「よかった……もう、びっくりさせないでほしいな」
ヒルデブラントは力が抜けたかのように、リンの肩にもたれかかった。
次の更新予定
神竜様の許嫁! 月白奏 @kanade_tsukishiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。神竜様の許嫁!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます