毒雨の街で虹を見る

天使猫茶/もぐてぃあす

死の輪

ビルのひしめく狭い路地、その街灯の下でガスマスクを付けた少女が空を見上げていた。


いつものように荷物を運んでいる最中のことである。

黒く汚れてはいるがその外套は女性を示す赤である。背丈からして僕と同い年くらいだろうか。

なにがあるのだろう。僕も少女の視線の先を追う。

汚れたビルで区切られた四角い視界の中には気になるものはない。黒い雲からはいつものように濁った色の毒の雨が降りレンズを叩くだけだ。


「そっちじゃないよ」


必死に少女の見ている"なにか"を探していた僕は、その涼やかな声に我に返る。少女は薄い手袋に覆われた細い人差し指をぴんと伸ばすと、街灯を指していた。手袋と外套の間からは僕と同じで日の光を知らない綺麗な白い肌が僅かに覗き、雨がその白を汚していた。


「虹が見える」


少女はそう言うと、徐に手を頭の後ろに回すとフードを取り、そしてガスマスクを外した。


突然の行動に、僕はなにをすることもできない。


濡れたような艷やかな黒髪が、ついで曇りのない笑顔があらわになる。黒い雨の中でも、その表情は輝いて見えた。


「ああ、やっぱり。こっちの方が綺麗に見える」


そう言った直後、少女の口から鮮やかな朱が噴き出す。それでも少女は笑っていた。倒れ伏す、その直前まで。



雨が少女の躰を叩く中、僕は街灯を見上げる。

そこには、綺麗な虹が輪になってかかっていた。自分の目であの鮮やかな色を見れたら、どれだけ美しいのだろう。


僕はその誘惑を振り切ると、いつの間にか手から離れていた荷物を拾って次の配達先へと向かう。

たぶん、遠からず僕はあの誘惑に飲まれるだろう、そんな確信を抱いたまま。


灰色の街は、なにも変わらず僕を飲み込んだ。

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