12日目
クリスマスイヴと言うだけで人々がなんだか浮足立つのはどうしてだろうか。春自身もそうだが、どことなく気分が落ち着かない。コンビニひとつにしたっていつもと様子が違う。置いてある商品からしてケーキが詰まれている。それをなんの迷いもなく手に取るおじさんもたくさん。普段は絶対に手にしないのだろうと思われる層。それは春のお店でも同じだった。普段来ない層が来た。
おかげでへとへとだよ。コートの中に入れたスマホを何となく気にしながら帰路についていた。
本当に寒い。寒い夜はもうこりごり。でも季節はそんな春の希望をかなえてはくれない。この時期は春が待ち遠しいなといつも思う。
としくんへの返事はしていない。内容を見るのもやめた。きっとやっぱり会えませんか。みたいな内容だと思う。
会いたくないわけじゃない。
でも会ってしまったら自分の中で必死に抑え込んでいる、どす黒いなにかが吹き出してしまいそうで怖い。日々、不安を抑え込んでいる。将来が見えない。今、ちゃんと社会人やれているかとか。
すべてにおいて自分をごまかしながら生きている。そんな自分がとしくんと会ってしまったらどうなるかなんて想像もしたくなかった。
想像もしたくなかったのに。
「としくん?」
声は自然と出てきた。そうすることでこれが夢なのか現実なのかを確かめようとしていたのだと思う。
道路の向こう。駅の大きな柱のひとつに寄りかかりながらかじかんだ手を息で温めているとしくんの姿があった。
どうして?
思わず立ち止まってとしくんのほうをじっと見つめる。目が離せない。離せるわけない。離したくない。視線を逸らしてしまったらその瞬間にいなくなってしまいそうな気すらしてくる。
「あっ」
としくんが春に気が付いて近寄ってくる。その速度はゆっくりでこちらの様子を伺っているのがわかる。
「春さん。お久しぶりです……あの。その。元気ですか?」
戸惑いながら質問してくるとしくんに文句を言いたくなる。聞きたいこともたくさんある。ちょっとだけ顔つきが大人びた気もする。
「どうして……どうしてここにいるの」
確かに春が働いているお店の話をしたことはある。でもだからと言っていつ働き終わるかもわからない春を待つなんて。それもこの寒い時期に。よく見れば肩のあたりが濡れた後もある。確かに雨も降っていた。そんな中、どうして。
「春さん連絡くれないから来ちゃいました。ちょっとだけでいいんで、おいしいもの食べません?」
「ねえ。私。弱ってるの」
としくんのこれまでと変わらない態度に感情をせき止めていたものが決壊した。
「えっ?」
「弱ってるのよ。だからそんな風に優しくされると困るの。せっかく……せっかくひとりで歩けるように。少しでも早く一人前になれるようにって頑張ってるのにっ。そんな風にされたら……」
甘えちゃう。
最後の一言は発音できたのか自分でもわからない。ぐちゃぐちゃになった感情で言葉がうまく伝えれた気もしない。
しばらく沈黙が流れる。周りの人達もなんだ、なんだと気にしてくれたりもする。でもクリスマスイヴの痴話喧嘩かとすぐに立ち去ってもいく。
「僕もよくわからないです。智也さんの手伝いでボードゲーム作ってたらいつの間にか就職するタイミングを失ってるし。このままセカンドダイスで働き続けるのも悪くないかなって思ったりもしました。そんな自分が情けなくて春さんに連絡できなくて。さらに自分が情けなくなったりして」
そう言って頭をポリポリと掻く。その姿が懐かしくて。いとおしくて。
「そしたらいつの間にか春さんに見放されてるし。やばって気づいた時には手遅れだと思ったんですけど。その、あの。とりあえず行って来いって」
としくんはその続きを言わなかったけど。多分、千尋だ。そして智也さんだ。あのふたりにせっつかれてここに来たに違いない。
本当は自分でそう思って欲しかったけど。それを素直に言っちゃうあたり。としくんらしい。そう思ったら体が自然に動いた。
あったかい。
としくんの体はそんなに大きくない。男性としては細身だし、背も高くない。普通よりちょっと小さい。でも春だって小さくて。飛び込んだ胸はちゃんと硬くて優しく受け入れてくれた。
「あっと。えっと。春さん?」
戸惑っているとしくんに反応なんてしてあげない。そうやって困ればいい。おかえしだ。
「あの。えっと」
次第に言葉も続かなくなっておとなしくなるとしくん。そのやさしさに甘えてしまう。今だけ。今だけはこうしていたい。
もう寒いだけの夜はいやなんだ。
寒いだけの夜はもういやだ アドベントカレンダー2025 霜月かつろう @shimotuki_katuro
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