第41話 隠れ家

 強く腕を掴まれ、振り返ったラーラマリーは息を飲み固まった。


「あなたは……」


 彼女の瞳に映ったのは、中央で分けた焦茶色の肩程の髪を後ろで結ぶ、大柄で厳しい顔つきをした男性──春にラーラマリーの家を訪ね、カイザックと並び王命の書状を手渡してきた騎士だった。


 突然ラーラマリーの前に姿を現した彼は、枯れ草色の外套を羽織り、騎士ではなく平民に紛れるような装いだ。


「クレトです」


 戸惑い言葉が出てこない彼女に、その男性──クレトは押し殺すように声を低くし、早口で言った。


「私の得意な魔法は『隠匿』です。姿を消してあなたをお待ちしていました。突然触れた事をお許し下さい。私が触れている間、あなたの姿は誰からも見えません。……我々は。戸惑いは重々承知です。ですが、どうかこのまま私について来て下さい。城へ行ってはいけません」


 眉間に深く刻まれた皺と鋭い目つき、見上げる程の上背があるせいで、初対面の時と同様に、クレトは一見すると高圧的に見えたが、その瞳には焦りと切実な色が滲んでいた。


「……どういうことですか?」


 怪訝な表情で慎重に問い返すラーラマリーに、クレトはさらに言った。


「カイザック隊長の指示で、あなたをしに参りました。詳しい話は今はできません。お願いです。どうか私を信じてついて来て下さい」


 ラーラマリーは不安に駆られたが、掴まれたままの腕とクレトに視線を彷徨わせ、思案する。


(どうしよう……。抵抗して今すぐ逃げる……? でもこの人……悪い人には見えないわ)


 クレトの懇願するような様子が引っ掛かり、僅かに逡巡した後、ラーラマリーは小さく頷いた。


(ジーク……私を守ってね)


 自由な方の手で、外套の上からそっと短剣に触れる。


 離れたばかりの温もりを思い出し勇気を貰うと、クレトに腕を引かれたまま、ラーラマリーは再び歩き出した。


 

 

 








 腕を掴まれたまま連れてこられたのは、王都の中心にある貴族街から少し離れた、富裕層の平民地区からさらに外側、中流層程度の平民が集まる地区の静かな住宅街だった。


 行き交う人々の中を歩くが、クレトの言った通り、彼が触れている状態のラーラマリーは、誰からもその姿が見えないらしい。


 屈強な長身のクレトに腕を掴まれたまま歩くという異様な状況にも関わらず、すれ違う誰とも視線が合う事なく、二人は小さな古い民家の前に辿り着いていた。


「ここです」


 示されたのは、隣家と壁が接するように道沿いにずらりと並んで建つ家々のうちの一つ。

 貴族の屋敷のような庭も門もなく、表札すらかけられていない。


 促されるままにクレトと共に玄関扉を潜り抜けたラーラマリーは、通された小さな居間に入るなり、溢れんばかりに大きく目を見開き固まった。


「「ラーラ!!」」

 

 そう彼女の名を呼び、弾かれたようにソファから立ち上がって駆け寄ってきたのは、ラーラマリーの父と母だった。


「お父様……お母様……!? ど……どういうこと? どうしてここに?」


 懐かしい二人の香りに力一杯抱きしめられ、ラーラマリーは二人を抱きしめ返し、目にはジワリと涙が滲む。

 

 困惑するラーラマリーに、父と母は同じく涙を浮かべながら、状況を説明しようと口を開いた。


「ラーラが家を出てから半年程して、カイザック様が我が家を訪れたんだ。ルイスの命が狙われている可能性があるから、身を隠すようにと。クレト様にも助けて頂いて、ここに身を寄せていたんだ」


「この家はクレト様の隠匿魔法が掛けられているのよ。ラーラの事もその時に教えられて……まさか森へ向かわされたなんて本当に信じられなくて……。、心配で、生きた心地がしなかったわ。よく帰って来てくれたわね。本当に……無事でよかった……!」


 一気に言われた二人の話を聞きながら、ラーラマリーは戸惑い眉を寄せた。


「ルイスが狙われているって、どういうこと? ……無事だってわかっていたって……それに、ルイスは? ルイスもここにいるの?」


 質問を重ねる彼女に、クレトが静かに声を掛けた。


「ルイス殿は別の部屋にいらっしゃいます。お互いに積もる話もあるでしょうし、まずはお掛けになってはいかがでしょう? コルタヴィア嬢は、私が急いでこちらにお連れしたせいでお疲れでしょうし……」


 抱き合ったままの三人にソファを勧める彼に、ラーラマリーは強く言った。


「いえ、私は大丈夫です。それよりも、ルイスに会わせて下さい。私はルイスを助けるために戻って来たんです!」


 






 一階の奥、裏路地に面した窓から光が入る簡素な部屋に通されたラーラマリーは、勢いよく寝台に駆け寄った。


「ルイス!!」


 横たわり布団をかけられたルイスは、最後に見た時よりも顔色が悪く、服から覗く首元や手首はさらに華奢になっている。


 呼び掛けた彼女の声に、ルイスは薄っすらと瞼を持ち上げ、吐息に消える程の声を出した。


「……姉上」


 無理矢理に微かな笑みを作る弟に、ラーラマリーは彼の手をぎゅっと握り締め、涙を浮かべて笑いかけた。


「ルイス、お姉ちゃんが助けに来たよ! 薬を持って来たの。……飲んでくれる? 絶対元気になるから。私を信じて」


 ルイスは頷く代わりにゆっくりと瞬きをする。


 キースに貰った小瓶を取り出したラーラマリーは、父にルイスの体を支えて貰い、一滴も無駄にする事がないように、本当に長い時間をかけ、少しずつ、リュスタールの水薬を乾いて血の気のない弟の口に流し込んでいった。








「……苦しくない」


 小瓶の半分ほどの薬を飲み込んだ頃、僅かに顔色を良くしたルイスが、父に支えられたまま驚きの表情で呟いた。


「苦しくない。全く。……どうしよう……苦しくない……!!」


 呟きと共にどんどんと表情は明るくなり、ついには震える声で叫ぶように言ったルイスは、涙を流して家族の顔を見回した。


「ああ……ルイス!!」


 初めて聞くようなルイスの力強く大きな声に、父は支えていた息子の細い体を抱きしめ、嗚咽を漏らした。


 嬉しさで、母とラーラマリーも泣いていた。







 暫く家族で喜びあった後、念の為にとさらに数口分の薬を飲ませると、涙を拭ったルイスは強い輝きが戻った水色の瞳でラーラマリーを見つめ、驚くことを口にした。


「姉上、んだ。アドロ様を止めてくれと。『と。引き留めたけど、カイザック様は陛下の所に行ってしまわれました。どういうことか、から聞いていない?」


 ラーラマリーは目を丸くして聞き返した。


「ちょ、ちょっと待って。どうして、ルイスがジークの事を知っているの? それに、ネロ様が泣いているって……」


「王都に来てから、ずっと夢を見るんだ。途切れ途切れにしか声も風景も見えないけど……。それで姉上がカイザック様に連れられて森へ入った事も、ジークヴァルト様に助けられてお城にいた事も見えたんだ。ネロ様はずっと泣いていて、ジークヴァルト様とアドロ様の名前を呼んでいるんだ。……ねえ、姉上。『空の器』って何なの? 花喰い竜は、森にいたの?」


 ルイスの瞳には嘘は混ざっておらず、両親やクレトに視線を向けても、本当だと言うように頷かれるだけ。


 本当に断片的にしか見えていないのだろう。

 ジークヴァルトやネロ達の事はわかっていても、『空の器』や花喰い竜がジークヴァルトだという事までは理解できていない様子だった。


 躊躇いがちに、クレトが言った。


「私は、カイザック隊長から『コルタヴィア家を守れ』と厳命を受け、ここにいます。陛下から狙われている、と。陛下のご様子がおかしいのは、私も感じていました。あなたの事は、今朝ルイス殿がまた夢を見て『森から戻るから』と言われ、お迎えにあがっていたのです。……カイザック隊長は、『暗号が解けた』とだけ仰って、城へ向かわれました。これは、カイザック隊長があなたに、と」


 クレトはルイスと視線を交わし頷き合うと、寝台と反対側の壁面にある書き物机の引き出しから、一通の手紙を取り出し、ラーラマリーに差し出した。


「私は詳細を教えられていません。隊長からは『教えられない』と……。ですが、私はあなたを森へ向かわせた人間として、何が起きているのか知りたい。手紙を読み終えたら、私にも何が書いてあったか教えて頂けないでしょうか。……お願いします」


 深々と頭を下げられ、ラーラマリーは不安が広がる胸を抑え、小さく息を吸い込んだ。


「……ゆっくり話をしましょう。私も……ジークから手紙を預かっているの」


 内ポケットからジークヴァルトの手紙を取り出し、揺れる瞳で両親を見た。


 腰に下げた短剣が、ラーラマリーを勇気付けるように、僅かに揺れた気がした。


 


 




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花喰い竜と生贄の姫〜竜人国の最強陛下は、何も持たない伯爵令嬢を溺愛して可愛がりたい〜 桃野 まこと @Makoto-3716

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