行き先

青いひつじ

第1話


『ここから新しく予約した宿までは徒歩2時間半。車で行けば20分か‥‥。しかしレンタカー屋はもう閉まったぞ。タクシー会社も繋がらない。どうしたものか‥‥』


『ひとまず大通りに出てみましょうか。誰かに乗せてもらえたら1番いいのですが‥‥』


スーツ姿のふたりの男。彼らは出張でこの街を訪れたのだが、どうゆうわけかでホテルが取れておらず途方に暮れていた。

手分けしてようやく取れたのは、ふたりがいる場所から少し離れた繁華街にあるビジネスホテル。徒歩だと2時間以上かかるという。



『確かに先ほどより車通りは多いが、そう上手くいくかぁ?』


『任せてください!』


後輩の男は自信満々に答えた。ヒッチハイクで車を捕まえるというのだ。普段の仕事ぶりからは想像できないほど頼もしい背中であった。後輩は臆することなく白線に近づくと、大きく両手を振ったり親指を立てたりした。携帯のライトをつけて助けを求めたりもした。

そうこうしていると、すぐに1台の黒いワゴン車がふたりを少し越えたところで停車した。


『ほら止まってくれた!実は僕、学生の頃ヒッチハイクでヨーロッパを一周したことがあるんです』


後輩は得意げに振り向いた。


『その時に捕まえる技術を習得したというわけか。なにが役に立つか分からないものだな。とにかく助かったよ、ありがとう』


ワゴン車から降りてきたのは、全身黒い服の30代後半くらいの男だった。後輩は頭を下げながら駆け寄った。


『止まっていただきありがとうございます!実はこのホテルまで行きたいのですが、この時間でレンタカー屋は閉まっており、タクシーも捕まらない状況でして‥‥』


後輩は運転手の男にマップを見せた。


『あぁこのホテルですね。乗っていきますか?ちょうど近くまで向かうところでした』


運転手の男はふたりを怪しむ様子もなく乗せてくれるという。この好機を逃す手はないと、ふたりもまた怪しむことなく男の車に乗り込んだ。



広い車内は快適で、上司は深く腰掛けほっと息をついた。

後輩は気を配って運転手の男に話しかけたが、集中しているようで簡単な答えしか返ってこなかった。しかし、むしろそれがふたりを安心させた。運転は非常に安定している。地図が頭に入っているのか車線変更をほとんどしないし、譲り合いの精神もある。ブレーキを踏むタイミングも素晴らしく、体が揺れることもない。よく見れば車内も綺麗に保たれている。これでこそ真の車好きといえるだろう。

ふたりは男をすっかり信頼し、話題は次第に部長の愚痴へと変わっていった。


『この間の会議ひどかったですね。営業の方の話もちゃんと聞かずに』


『本当にな、困ったもんだよ。あの人は昔からそうだ。人の話を最後まで聞かず否定ばかりだ。もしかしたらその人の話のゴールは違う場所かもしれないのに、途中でへし折って自分の意見ばかり述べたがる。あんな風に歳をとってはいけないよ。君も反面教師にするといい』


『どれだけ偉くなってもあぁはなりたくないです。話もとっ散らかってるし』


『今度からは会議前にゴール設定をしよう。ちゃんと全員の目的地を確認するんだ。あの人の無駄話に2時間も付き合わされるのはもうごめんだ』




話が落ち着いた頃には、車は真夜中のハイウェイを走っていた。

携帯の地図には下道の表記しか出なかったが、この地域の道に関しては運転手の方が詳しいだろうと、問うことはしなかった。


車はスピードを上げ、トンネルを抜け、海沿いを走っていく。かれこれ20分。そろそろ到着してもよい時間だが、車はホテルから離れていくようだった。



『あのぉ‥‥このホテルの近くまで行くので合ってますよね?』


後輩が携帯の画面を見せたが、運転手の男は反応しなかった。


『あのぉ‥‥』


『もうすぐおりて下道で行きます』


後輩が再度声をかけると、運転手は少し苛立ったように答えた。




さらに5分ほど走ったところでハイウェイをおりると、車はまた海沿いを走っていく。黒く、怖いほど静かで寂しい海が見えた。

到着したのは巨大な倉庫が並ぶ港だった。


『着いたぞ。降りろ』


運転手は最初とは別人のような口調だった。


ふたりは言われた通りに車から降りると、背中を向ける男に尋ねた。


『すみませんが、ここはどこでしょうか‥‥』


男はゆっくり振り向き、上着の内側に入れた手を抜くと、銃口をふたりに突きつけた。




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