5.トーリの決意
キシキシと音のなる階段を駆け上がるリズとユタ。
2人の騒がしい足音は段々と近づいていく。
ユタがリズの背中に手を伸ばした刹那、ユタの目の前でリズの部屋の扉が閉められてしまった。
「開けてよリズ!」
ユタが扉を叩く音が壁を伝って辺りに響く。
「リズはもう寝ました〜」
しかしリズは頑なに扉を開けようとしない。
「バカってなんだよ!」
「もう!しつこい!」
2人のやり取りの応酬は激化していった。
ユタの扉をドンドン叩く音と、リズの罵り声が段々と大きくなっていく。
もし宿屋の近くを通りかかった人がいたのならば、きっと祭りでも始めたのかと駆けつけてしまうだろう、という程の騒ぎようだった。
案の定、自室にいたトーリが眠そうに目を擦りながら顔を出した。
「もう夜だから静かにしないと。ハティも寝てるんだし。」
「だってリズがバカって……」
扉の向こうのくぐもった声がそれを遮る。
「ユタなんてもう知らないもん!」
付き合いの長いトーリはそれで大体何があったのか察したようだった。
「じゃあユタ、僕と話そう。」
そう言ってトーリは扉を開いてユタを自室に招いた。
ユタは釈然としない思いを抱えながらもトーリの有無を言わせない態度に押されてそれに従うことにした。
ユタの部屋とは違い、トーリの部屋には大きな丸い机と椅子が2脚あった。
ユタはあまり機嫌の良くないトーリの様子に少し落ち着かなさを感じながらもそのうちの一つに腰を下ろした。
開け放たれた窓から月光が差し込み、窓際に置かれた寝台を照らしていた。
トーリは机の蝋燭に火をつけてユタの正面に座った。
蝋燭の炎が夜風に踊り、2人の影を揺らめかせる。
何処かで時計がボーンと鳴って、2人だけの密談の始まりを告げた。
「ユタは、もう少しリズのことも気にかけてあげるべきだと思う。」
トーリは机に頬杖をついて、手元の本に挟んでいた紐をくるくると指で回しながらそう切り出した。
「もう十分気にしてると思うけど。今喜んでるな、とか落ち込んでるなとか分かるし。」
ユタにはその質問の意味がよくわからなかったようだ。
「そういうことじゃないんだけどね。」
トーリはユタの答えに苦笑しながら呆れ顔を窓の外に向けた。
「もしあの日、僕たちが襲われなければもっと早く分かったのかもしれないのに……」
トーリの顔が月灯りに照らし出された。
郷愁の滲むその表情はいつもの頼りになるトーリとは違い、何処か幼子の不安の交じったような印象を受けた。
「きっと僕たちはあのままミツル村でぬくぬくと育って家業を継いで、いつか適当な相手と結婚して子供を産んだだろう。そうして彼岸に旅立つまで争うことを知らず、平和な一生を送っていたかもしれない。」
「トーリはあの頃に戻りたいと思わないのか?」
トーリはユタのその問いかけに答えに詰まり、少しの沈黙の後、一つずつ言葉を丁寧に紡ぎ出し始めた。
「もちろん平和だった頃に戻りたいと思うのは当たり前だよ。でも――進み出してしまったのなら、もう止まれない。それはユタも分かってるでしょ?」
「もう止まれない……」
ユタはトーリの言葉を復唱した。
優しいトーリが平和を望んでいるのは知っていた。
それでもトーリが進む理由とは。
「トーリはどうしてアレジストになりたいんだ?」
ユタはトーリの宇宙の底のような目を見つめた。
「ハティは“知りたい”って、リズは“救いたい”って言った。トーリはどうなんだ。」
「そうか、2人がそんなことを……」
トーリは2人の覚悟を味合うように胸の中で転がした。
「強いて言うなら、僕は“見ていたい”かな。
ユタとリズとハティがどんな人になるのか、将来が楽しみだよ。それに――この先ヒトがどうなるのか見てみたい。」
「ヒトの未来?」
「化け物に襲われる無力なヒト。それに適応するかのように現れたアレジスト。これは無関係のことじゃない。
ヒトの進化だと思っている」
トーリはいつにない真面目な顔をして、トーリの父――学舎の先生のように話し始めた。
「進化って、ヒトは変わろうとしているってことか?」
「変わる、って言うのはちょっと違うかな。ヒトがヒトでなくなる。そう言ったほうが正しいかもしれない。」
ユタはトーリの話に頭が混乱してきた。
ヒトの進化?ヒトがヒトでなくなる?
何を突然言い出したのか分からなくなってきていた。
トーリがこんな難しい話をユタにするなんて珍しいことだった。
ユタは本を読むより外で遊ぶほうが好きな子だったため、勉強に勤しむ真面目な学生ではなかった。
だからトーリが小難しい話をする相手は大抵大人か、ハティだけだった。
「トーリ?どうしてそんな話を……」
トーリがその話をユタにした真意を聞き出すため、トーリにそう話しかけたその時、
ボーン、ボーン、ボーン……
と再び時計の音が鳴り響いて、ユタの話は遮られてしまった。
「こんな時間か。ユタ、もう遅いから寝るんだ。
――続きはまた今度してあげるから」
トーリはユタを立ち上がらせてその背中を押し、ユタを部屋から追い出した。
ユタはふくれっ面としかめっ面を混ぜたような顔をして自室へと帰っていった。
一人、部屋に残ったトーリは部屋の隅の暗がりに向けて呟いた。
「何も知らない君たちだけは……幸せになって欲しい。」
しかし、その言葉をユタが聞くことはなかった。
次の更新予定
隔日 07:07 予定は変更される可能性があります
アレジスの玉座 紫野レイ @v1olet-z3rogh0st
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アレジスの玉座の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます