4.リズの決意

ハティが宿屋の扉の中に吸い込まれていく姿を呆然ぼうぜんと眺めていたユタは、ふと我に返ってその後を追った。


バタン、と勢いよく宿屋の扉を開けるも、既にそこにハティはいなかった。


「ユタ?どうしたの?」

声の主に目を向ける。

大きな机を挟んで、リズとヨルノが座っていた。


「ハティは?」

 

「疲れた、って言ってもう寝たよ。そっとしておきな。」

ユタの問いかけにヨルノが答えた。


ユタは2人が作業をしている机の様子に目を奪われた。

文字と絵がびっしりと書かれた紙があちこちに散乱し、元の机の色が分からないほどだった。

 

「これ?今ね、ヨルノさんとレシピの教え合いっこしてたの。」


リズは手を広げ、今までの成果を誇るようにユタに見せびらかした。


「リズは料理上手だね。いったい誰に教わったんだい?」

 

「これは……お母さんから教わったんです。村一番の料理人だったんですよ。」

そう言ったリズの微笑みは、過去を思い出す懐かしさと、家族を失った痛みが交じった美しいものだった。


リズの母はハミル村唯一の酒場の女主人だった。

生まれたばかりのリズの妹を背負って酒場を切り盛りしていたほど、仕事と家族が大好きな人だった。

リズの家の酒場の料理はどれも美味しくて昼夜問わず彼女の酒場は繁盛していた。

  

「リズは本当に俺についてきていいの?リズのお母さんは、争いとか、喧嘩とか、あんまり好きじゃなかったじゃないか……」

ユタはそんなリズの母のことを思い出して、少し不安になった。


もしかして、リズは無理をして自分に付いてきてくれているのかもしれない。

その考えがユタの頭をよぎった回数は数え切れない。


ただ、リズの答えにはユタの不安とは裏腹に、無垢な想いが込められていた。

 

「ユタの言う通り、きっとお母さんもお父さんも、あたしが戦うのにいい顔をしないと思う。でも、私は“救いたい”の。」

 

「救いたい、だって?」

ヨルノが怪訝な顔をして聞き返す。


「うん。あたしと同じ思いをする子がこれ以上増えないでほしいって、そう思ってるの。」


そうだ。リズはこういう人だった。

自分が辛い思いをしてでも、他人を幸せにすることを至高の喜びとするような少女だ。

自己犠牲と呼べるほどの献身。

彼女のその姿勢に何度も救われたユタには、リズの覚悟が痛いほど伝わってきた。


「それに、もしあたしがいなかったら3人はどうするつもりなの?

ユタは一人で突っ走っちゃうからあたしが一緒に行かないと。

トーリはなんでも自分だけでやろうとするから、時々一緒に荷物を背負ってあげなくちゃ。

ハティは病弱だし、家事もなんにもできないからあたしと一緒じゃなきゃ暮らせないでしょ。」


ふふん、と胸を張って威張るリズが面白可笑しくてユタとヨルノは笑い出した。


ユタは内心、そんなリズのことを頼もしいと思った。

もちろん本人には内緒だ。

言ってしまったら、きっともっと調子にのるだろうから。


「あたしは、みんなを救うアレジストになるよ。

 ――ユタのマイさんみたいなね。」


最後の言葉に棘が込められていたように感じたユタは思わず聞き返した。


「マイさんが何?」


リズはぷくっと可愛らしく頬を膨らませて怒り出した。


「だってユタ、王都までの旅の途中ずっとマイさんが助けてくれたときの話しかしないんだもん。」


「リズだって助けてもらっただろ!」


「それとこれとは別だもん……

もう、ユタのバカ!知らない!」

リズが怒りだした理由が分からないまま、彼女は自身の部屋へと戻ってしまった。


「ちょっと待ってよ、リズ!」

その背中を追う少年には、恋する少女の呟きが聞こえなかった。


「いつか……マイさんよりも強くなって、ユタを見返すんだから!」


 

1人蚊帳の外となってしまったヨルノは、そんな2人の姿を劇でも観ているかのように楽しんでいた。

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