第6話 エピローグ
月影諒太は久しぶりに自分のボロアパートの前に立った。
少し前まではその場所が世界の全てであり、現実のありようなんて全く考えようとしていなかった。
玄関を開ける。
立てつけの悪い雨戸を何年かぶりに開け放つ。
淀んだ空気が一気に外に向かって流れていく。
俺は深く深呼吸をした。
数時間後。
掃除をひと段落させると、4畳半の部屋の中にあたたかな日差しが差し込む。
アウトレットで購入した、いつの時代の物かわからないようなちゃぶ台。
座り過ぎてへたり込み、色が剥げてしまった座椅子。
部屋の隅に置かれた中学校時代から使っている勉強机。
机の上に置かれた、そこだけがタイムリープし続けているような高級パソコン。
その全てが、今は愛おしく感じた。
鞄の中から、ずっと読んでいた一冊の本を取り出す。
もうボロボロになったその本は、見た目とは裏腹にどこか誇らしげな色を放つ。
作家の名前の部分を静かに撫でる。
郵便受けの中を整理する。
様々な広告に目を通し、すぐにゴミ袋へ。
吐いて捨てるほど入っていた、紙屑同然の山の中から一通の封筒が目に留まる。
そこには差出人の名前しか入っていなかった。
もちろん切手などは貼っていない。
――立花圭人。
達筆な文字が目に入った。
拝啓。
月影諒太様
如何お過ごしでしょうか。
このような不躾な手紙を置いていくことをお許しください。
今回のAIを発端とする騒動。
作家を目指す者であれば……いやそれでは語弊がありますな。
評価という目的を考えるものが陥りやすい罠と申しましょうか。
私自身はAI自体を否定はしないという考えが根底にあります。それは人類が様々なテクノロジーを経て発展してきたのと同様に、今後避けては通れないという種類のものだと認識しております。
現段階では、まだ作者の想いという表現が適切か分かりませんが、そういったものをAIが書き出すことは難しい。
しかし近い将来、それすらも凌駕するような瞬間が来ると思っております。
その時に我々、いや、特に表現することを主とするものたちはどうするのか。
そんな時代だからこそ、研ぎ澄まされた人としての感性が、試されていくのではないかと。
わたしはそんな風に考えております。
最後に。
親友の言葉を借りさせて頂きます。
逃げずに表現し続けて欲しいと。
新たな月影先生としての、素晴らしい作品をお待ちしております。
立花圭人
敬具
古びたちゃぶ台の上に置かれたその手紙が、あたたかいもので静かに濡れた。
目頭を拭う。
――そうだな。書くしかないんだ。
答えはその先にしかない。
諒太の瞳には、並々ならぬ覚悟が漲っていた。
いつか、自分の手で本当の物語を紡いでみせると。
これはどこにでもいる一人の無名の作家が陥った、誰もが一度は通るであろう話。
AIとは何か。
道具とは何か。
答えは――結局それぞれの心の中にしかないのかもしれない。
完
【悲報】AI物語 ~俺の書いた小説が、俺が書いたものではなかったら~ 小宮めだか @medaka514
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