焼肉定食

杉浦ささみ

食堂

 北部九州の山奥にうまい定食屋を見つけた。


 昔話みたいなご飯が出てきて、あまじょっぱい焼き肉が平べったい皿に何枚も盛り付けてあって、大根おろしの小山がちょこんと添えてある。そして味噌汁と漬物。


 SNSでバズってもおかしくない豪勢ぶりだけど、客は俺だけだった。休日のランチタイムなのにこれで商売が成り立つのかと不安だ。


 木組みの店内は喫茶店みたいで、卓上も壁も清潔に布巾がかけられているものの、新築というわけではなさそうだった。拭えない汚れは黒いシミとして定着してる。


 テーブル席から見える台所はちょっと汚れていて、おばちゃんが一人で切り盛りしてた。疲れた目をしていたけれど、ぼくに気づくと屈託のない笑顔を返してくれた。


 大根の浅漬けがおいしかった。塩味が濃すぎないので、そのままでもボリボリつまめる。味噌汁まで手抜かりない。夏野菜がゴロゴロ入っていて、赤味噌の口当たりが繊細だった。


 これで800円。相当安い。俺は伝票を握りしめてレジに向かうと、おばちゃんと他愛ない話をして会計を済ませ、店を出た。


 それにしても、ずいぶんな山奥だと思う。空気がきれいだった。ウグイスが鳴いている。


 ここにはバスで通りかかったのだが、1日の本数は片手で数えられる程度で、おまけに17時でおしまいだった。山道をすこし下りたところにちょっとした博物館があった。それが本命で、ここにはたまたま降車したのだ。


 入店時には気づかなかったが、水の流れる音がした。食堂の裏手から聞こえてくる。時間は十二分にあるので、ちょっと水流でも探ってやろうと思った。


 店の裏口の一斗缶が積んであるところを横切る。ソースのにおいが漂ってくる。さすがにここらへんは手入れが疎かだ。落ち葉の堆積も相まって。


 木々の間を眺めていると鶏小屋のようなものを見つけた。赤サビがびっしり覆っていて、雑草の丈が高く、ちゃんと中を窺うことはできなかった。


 進入禁止の看板が足元からぬっと出ている。だいぶボロボロだった。引き返そうとしたが、もう役割を失ったかのように風化していたし、ここを越えれば小屋に近づけそうだったので、迷った末に足を踏み入れた。


 ペンチのようなものが落ちていた。なにもいない……と最初は思った。でも違った。小屋の隅っこに、なにかが丸まっている。


 大きな土嚢のようだが、よく観察すると猿のようにも見える。全体的に薄汚れて、局地的に毛深い。その物体が生きた霊長類だと確信したのは、汚れた背中が不意によじれて、その先に顔がくっついてるのを見たからだった。


 ぞっとした。霊長類はどこか恨めしげな目をしながら、俺のほうを見据えて、小さな唸り声を上げた。呪文のような声は、知らない国の言葉のようで、たしかに人の声である。怒っているようにも、助けを乞うているようにも感じた。


 ぼくは恐ろしくなった。そこからすぐに目を背けると、落ち葉を踏み鳴らして、何度か転びながら猛ダッシュで坂道を駆け下りていった。

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焼肉定食 杉浦ささみ @SugiuraSasami

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