多分、佐賀と長崎の県境らへん。玄海灘に面した袋状の海岸線のどこかしらに小さな港町があったんだけど、地図アプリを開いても具体的な地点が特定できなかった。ずっと頭の奥に引っかかってる。
伊万里市かな……? と思った。伊万里にある唯一の海水浴場というとイマリンビーチ。探してる景色には淡く神々しいカスタード色の砂浜があって、歩いても歩いてもおんなじ景色。松やパラソルがまばらに突っ立ってる。
古びた看板がそこらに、いい景色をバックに立つ。どんな偉人がいたか、どんな神さまがいたのかという文章を掲げている。随所に「天然の浜」というワードが挿入されている。曖昧なはずの記憶が、部分的にだが強くあぶり出される。でも、イマリンビーチは新しい人工の浜。違う。
いちおう唐津市にも浜玉海水浴場っていう場所はある。そして他にも小さな浜辺は点在している。でも、唐津の地理に詳しいから言うけど、あそこまで神々しい海岸は唐津にない。いや、もしかしたらあるかもしれない。でも、町並みのイメージが唐津のそれとは違った。
松浦市あたりかな、と思った。だけど、あの界隈は殆ど訪れたことない。それでも、たしか一度は足を運んだことがあるので、地図をつぶさに探せば手掛かり的なものは掴めるかもしれない。これは骨が折れそうだ。
そこで、連想ゲーム的に町の様子を組み立てることにした。ひっそりとした風情のある港町。まず、室外機のそばで休むネコが出た。室外機はオフ。温風も冷風もない。
そして細い路地。うち一筋は参道の役割を担っている。涼しそうだ。打ち水の跡。これも涼しそう。下駄の音。駄菓子屋に飾られた風車。
それから旅館とかにありそうなマッサージチェア。ちょっとスポンジがはみでてる。窓際に佇み、背もたれから手が届くところに本棚。焼きたてのパン。廃屋に意味ありげに吊るされた鈴。狛犬。そして、神さまの足音……?
もっと考えを振り絞っていると、絵師が現れた。絵師……もうネタ切れっぽい。コーヒーを飲むか寝るかしよう。
あ、絵師というのは、伝統的な日本画のそれじゃなくて、アニメ調のイラストとかを描くクリエイターのことだ。長い金髪のプリン頭。ダウナーなヤンキー女子っぽい見た目。絵師とは思えない。バイクの免許も持ってるらしい。
立て続けにポニーテールの女の人が現れた。詩人を自称している。猫背だ。人見知りかと思えば、身内には調子に乗って大口を叩く。
文筆家のくせにブッキッシュな気風なし。ザ・オタクといった格好。絵師と見た目を入れ替えたほうが自然な気がする。
そんなこんなで想像を逞しくしていると、イメージが確かになってきた。町の遍歴、人物の行動様式が手にとるようにわかる。
ここでなにが起きるの? 伏線? それと、文章の硬さ、やわさ、どういう文体にするかとかみたいなアレが頭の中を飛び回った。
そこは存在しない町なのかもしれない。……というか、あれだ。シラを切っていたんだけど。
「書け……」と絵師か詩人か誰かが言った。そんな気がした。ビシッとしたプロットを立てて、とっとと書くのだ、と。脳に直接語りかける。
キャラだけ作って構想のなかに閉じ込めとくって、ほとんど生殺しじゃないですか、と誰かが言う。不思議な気分だ。寝たほうがいいのかもしれない。
この、ふうけもん(ばかもの)が。なんば(なにを)、そがん(そんなに)てれんぱれん(ぼけーっと)しよっとか。ぼけなすが! 耳がぴりつく怒号。でも体外に響いてる感じはしない。
完璧主義者は損をするぞ、とも聞こえたが、これは多分大学時代に教授から叩き込まれた指南。なぜかセットで滑り込んできた。
どうしよう。なんだか脳みそが疲れてきた。メチャクチャなセッションが繰り広げられて、甘いものが食べたくなってくる。ぼくは手元にある個包装のチョコを食べた。
しびれるくらいに甘かった。喧騒は収まった。……さて、みんな何と言っていたっけ。たしか、さっさと書け書けと言っていた。きっとあの長編のことだろう。
でもぼくは長編が書けない。1万字を超えたあたりで頭から尻尾まで全部がとっちらかってしまう(1万字の壁と個人的に呼んでいる)。ぼくの頭にそこまでの執筆能力はプログラミングされてない。
もうこうなったら詰みだ。寝るしかない。明日の自分は今日よりも優秀、と夜特有の全能感に満ちた脳みそが言う。それならそうなんだろう。そんな気がする。なんだか眠くなってきた。
祭りのあとの静けさ的な倦怠感は、実にセンチメンタルで、優しいながらも抗しがたい。憂鬱とは違い、楽観主義者にも訪れるだるさ。ぼくはゆっくり崩れ落ちた。
その手で大きな電気を消した(リモコン式)。布団というブラックホール状の布がぼくを吸い込んでいく。そして両手で枕を張って、寝……と、みせかけてネットサーフィンをします。また電気をつけました。おやすみなさいません。