「MOUTH」

ナカメグミ

MOUTH

 「じゃ~ん!できました!」じゃねえよ。

 私は今日も、怒っている。

 家族の夕飯を作っている。ニュースを見るためにつけている夕方のテレビ番組。オープンキッチンなので、テレビを見ながら調理できる。

 ニュースの合間の料理を紹介するパート。買い出しはおそらくスタッフ。調味料は既に計測済み。料理研究家とアシスタントが微笑み、料理のアップが映る。料理がそんなに簡単にできてたまるかよ。


 家族の好み、健康を考えて材料を買う。バスに乗って運ぶ。冷蔵庫、冷凍庫にしまう。鍋やフライパンをガスレンジに置く。ザルで野菜を、順番を考えながら洗っていく。包丁とまな板で、複数の野菜から肉や魚へ。まな板の汚れ具合と、食中毒の危険を考えながらカットしていく。焼く。炒める。煮る。鍋の表面に次々と浮いてくる、白く混濁した灰汁を丁寧に取る。彩りを考えて盛りつける。


 今日の私は、スーパーで立ち尽くしている。食品のフロア。何を買えばいいのか。パックに入ったお惣菜コーナーは素通り。我が家では全面的に買えない。惣菜は揚げ物が多い。中身の肉や魚は大丈夫。けれど衣に使われている小麦粉、卵、パン粉は、パートナーは食べられない。スルーする。


 色とりどりの野菜が並ぶ。黄色いバナナ、緑のピーマン、葉物野菜は黄緑も。赤くツヤツヤ光るミニトマト、白い大根、赤のパプリカ、朱色のニンジン、紅色のサツマイモ、ベージュのジャガイモ。美しい。でもここも注意深く見る。

食べていいもの。悪いもの。慎重に選ぶ。


 調味料は比較的、楽だ。専門の棚がある。助かる。選ぶ時間が大幅に短縮される。そして魚、肉売り場へ。ここが一番楽だ。鮮度を見る。価格を見る。ただし刺し身は要注意。解凍方法が下手だと、ドリップが多い。くさみや変色の原因となる。冷凍野菜は助かる。ミックスベジタブル、冷凍ポテトに加えて、今どきは和風パックに洋風パック。ベーコンやソーセージと軽く煮込んだら、短時間でスープにできる。まあ、パートナーは加工肉は食わないが。 


 やーめた。


 私はかごに入れた数少ない食材を、今来た方向と逆の向きに歩き、元の場所に戻していく。からのかごも戻す。店を出る。隣りのコンビニに入る。1つだけ、自分のために買う。空はもう暗い。


 私は自宅に帰り、ガレージの裏の外物置に入る。電気を点ける。2つのものを手に取る。


 今夜は星がよく見える。山奥にある家は、空気がとても澄んでいる。だから秋から冬は、星がよく見える。目に染み込ませたいから、度数のあったメガネにかけかえる。森に面した外物置の階段に、パートナーと座る。ビールを飲みながら一緒に星を見ようと、私から声をかけた。私はビール、パートナーはノンアルコール飲料を飲む。子育てを共にしたころの思い出話を、ぽつりぽつり。首を揺らし始めた。

「健康的」な夕飯に薬を入れたから、確実に眠るはず。眠った。


 外物置から取り出した1つ目のものを、彼の首に巻く。冬囲い用の縄を3重に。その先を、桜の木の幹に縛る。子どもが小さいころ、この下でよく花見をしたっけ。

 注文が多すぎる。注文が多すぎる上に、食べ物を選びすぎる口。2つ目のもので

しっかりと塞ぐ。ガムテープで。

 右の指を、履いている防寒靴で踏みつける。今朝から本格的な雪が降り始めた。ゴミ出しのとき、山が白く見えた。滑り止めが着いた防寒靴は底が厚く、重い。指の骨が折れる音がした。これで箸はもう、持たなくていい。

 人間はなまじ、箸や道具を持ってものを食べるから、自分を高尚な生き物だと勘違いする。所詮は単なる動物なのに。動物の食は、もっとシンプルだ。喰らう。ひたすら口で。そして飢えたら死んでいく。弱いものから。


 私はさっき、コンビニで買った袋を手に取る。イチゴのジャムパン。育った故郷では、学校のグラウンドに板を埋めて枠をつくり、水を撒いてスケートリンクを作った。白い息など当然の凍てつく冬の夕方。父母らが作業してくれた。そこでスピードスケート部に入っていた。

 練習が終わった冬の晩。学校の近くの商店で、よくイチゴのジャムパンを買って帰った。暗い家の電気をつけて、ストーブをつけて、部屋が温まるのを待つ。パンは

故郷の寒さでは、持って帰るうちに固くなる。ビニール袋を開けて両手に持って噛みつく。パサパサの白い生地の内側に、赤いイチゴのジャム。鮮やか。空ききった腹の底に糖分が染みてゆく。幸せだった。

  

 手間と時間をかけて、医療が良しとする血液検査の数値の先に、待つものはなんなのか。老いさらばえた体。歩くのがやっとの手足。同じ言葉を繰り返す、老化した脳みそ。鈍麻していく感情、感覚。いったい、いつまで「まとも」に生きられると思っているのか。「まとも」すらわからなくなるのに。

 「いただいた命は、大切にまっとうすべき」。それが人間の主流とする考えなら、

私は亜種だ。50年以上生きてきて、すでにもうループ。同じことの繰り返し。そこまで人間だけが、特別な動物だとはどうしても思えない。

死ねないから、生きている。そんなのごめんだ。みじめだ。


 イチゴのジャムパンを食べ終わった。薬を飲み、パートナーの傍らに横たわる。

ニュースは今、ある動物の話題でもちきりだ。まちの雑談も、方言混じりのこれが挨拶がわり。

「怖いね」「こっこ2頭、駆除されたって」。

私は現実的な方法を選ぶ。もう十分生きた。

生きるために切実に食べ物を探す、その口に入りますように。

地面に寝転んで見る星は美しい。

初めて山奥に住んでいたことを感謝した。

(了)

 





 


 






 





 


 

 

 


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「MOUTH」 ナカメグミ @megu1113

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