釣りに行こうって、死んだ大じいちゃんが言うんだ

乃東 かるる@全快

こんな、夢を見た

 亡くなった曽祖父が夢に出てきた。



 それはそれは自然に。


 まるで、
「ヨォ!釣り行くぞ」
くらいの調子で。


 気づいたら川辺にいた。


 朝靄が薄くかかっていて、見慣れた故郷の川がゆっくり流れて光っている
、釣り竿が二本、草の上に置かれている。どちらも大じいちゃんが昔使っていたやつだ。


 
お気に入りの帽子をかぶった大じいちゃんはつばの影から、笑った顔がのぞいている。


「大じいちゃん!元気だった?」


 と死者に元気か聞くのはおかしいが、久々に会えてうれしかった。



 大じいちゃんはにっこりして、


「おうよ! ……今日はな。忠告に来た」


 その言葉を聞いた瞬間、夢の空気がわずかに変わった。
 明るかった風景が、夕暮れ色に沈みはじめる。風もなく、音もない。なのに、波打つようなざらつきが空気に広がっていた。


「忠告って、なに?……良い話、じゃないよね?」


 
冗談半分で聞いた。けれど、大じいちゃんは表情を変えなかった。
にっこりしたまま、目だけが少し濁っていた。病室で見た最後の表情と同じだった。


「三つある。ようく聞けよ」


 
声が遠くで反響している。手にしている釣り竿がやけに古びて見える。川面も風がないのにざわつくように揺れていた。



 私は夢の中なのに、爪を立てて膝の感触を確かめた。硬い。冷たい。これは夢じゃない……かもしれない。


「一つ目。夜、名前を呼ばれても返事をすんな」 


 
大じいちゃんは唐突に言った。



「玄関先でも、窓の外でもだ。声を真似るやつが出る」


 ぞくり、と背筋が粟立つ。大じいちゃんの口が動いているのに、声が少し遅れて聞こえる。ラジオがズレたように、微かに雑音が混ざった。


「二つ目。水場のすぐ側で白い犬を見かけても、絶対に目ぇ合わせるな。あれは犬じゃねぇ」 


 息を呑む。ここ最近、近所の川辺で白い野良犬をよく見かけたことを思い出した。



 あれは――犬じゃ、なかったのか。


 大じいちゃんは、穏やかな笑顔のまま続けた。


「三つ目。お前が見る“この夢”は、あと二回ある。三回目の朝に■■が迎えに来る。」


「……誰が?」


 
その問いに、大じいちゃんは初めて笑った顔をひっこめた。



 代わりに、まるで線香の煙のように輪郭がほどけ、顔が霞み、声が途切れ


「その時……わしの顔、よう見とけ。そいつは、わしじゃない……」


 ぱちん、と何かが弾けた音がした。


 
気がつくと私は布団の中、真っ暗な天井を見ていた。時計は午前二時四十七分。


 
窓の外で、低い声がした。






「ヨォ……

   釣り、行くぞぉ」

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