もがくようにキーボードを叩く。その文章の繋がる先は……。

 光も音もない空間の中で、手元にあるキーボードを通す形でしか自分の思考を形成することができなくなった主人公。本作は主人公がキーボードに打ち込んだ思考の内容がそのまま小説になるという少し変わった構成となっている。

 五感がほぼ封じられ、キーボードの「FとJの突起だけ」ぐらいしか感じることができない閉鎖空間の中で、記憶すら失っている主人公が、なぜ自分がこのような状況にあるのかを推測しようとする過程が大変面白い。

 様々な思考と推測、そして質問を重ねた末に、新たな情報を少しずつ手に入れていくのだが、情報が増えるたびにどんどん不穏な雰囲気が高まるのに、それでも続きが気になって読むのがやめられなくなるというストーリー構成もお見事。冒頭から魅力的な謎を配置して読者を引きつけて、その謎を引っ張ったまま読者をラストまで連れていくという短編小説のお手本のような一作で、ラストに何とも言い難い余韻を残しながら、しっかりとタイトルを回収していくのも素晴らしい。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)

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