【失恋編】タイムリープドクター:「神の手を持つ天才外科医」~幸せなカップル全員死ねと叫んだクリスマス
@cross-kei
第01話:失恋、タイムリープの代償と希望
■プロローグ:2082年12月24日(後悔のクリスマス)
「金、名誉。全てを手に入れたのに空しい人生だったな…」
死の匂いが、消毒液の匂いに勝るようになった。
俺は、神永(かみなが) 京介、75歳。
かつて、世界が「ゴッドハンド」と呼んだ外科医だ。
だが、神の手を持つ男でも、自らの老衰と病には勝てないとは皮肉なものだ。
朦朧とする意識で、俺はゴッドハンドになろうと誓った自分の起源に思いを馳せる。
高校時代、俺のすべてだった少女、ハルカ。当時、誰も治せなかった難病。
(ああ、もし……)
(もし全盛期の俺が、その技術と知識を持って…あの日に戻れたら…)
枕元の写真立て。制服姿で笑う、二度と会えない君。後悔の涙が頬を伝った瞬間、
俺の意識は深い闇に落ちた。ピッ、という電子音が、長く、長く響いていた。
■第一章:2025年12月23日(嫉妬するクリスマス)
目を開けると、そこは眩しい光の中だった。
死の無音ではない。ナースステーションの喧騒と、微かな薬品の匂い。
混乱する頭で、無意識に指を動かす。
白衣の胸ポケットには「外科部長 神永京介」の名札。
カレンダーは、2025年12月23日。57年前のはずなのに肉体だけが全盛期の俺…。
神経が研ぎ澄まされ、指先一本一本が脳と直結している。
脂の乗り切った50代、全盛期の「ゴッドハンド」の感覚そのものだ。
……なるほど、やるべきことが理解できた。そして、この時だけは神に感謝した。
この病院の構造、スタッフの顔、何度もお見舞いに通ったあの当時のままだ。
俺は「知っている」。二人がクリスマスを心待ちにしていること。
そして、運命のクリスマスイブに、彼女の容態が急変することを。
足が、自然とある病室へ向かう。俺の記憶が、魂が、そこへ導く。
開かれたドアの隙間から見えた光景に、俺は息を呑み、そして胸の奥が鋭く痛んだ。
「退院したら、駅前のイルミネーション、見に行こうね」
「ああ、約束だ。だから、クリスマスには絶対、元気になれよ」
学生服の「俺」が、照れながら剥いたリンゴを、ひとかけら、ハルカの口元へ運ぶ。ハルカは楽しそうにそれを頬張り、不慣れに厚く剥いてしまった皮を指さして、
「彼女」が、愛おしそうに微笑んでいた。57年前の俺と彼女との大切な時間。
今の俺はそれを見つめる部外者。たった一人の担当医だ。
無関係な傍観者としての役割に、懐かしさよりも先に込み上げてきたのは、
焼けつくような、狂おしいほどの嫉妬だ。
(くそっ…願いを叶えた代償がこれなのか…最悪のクリスマスだ)
苦い感情を押し殺し、俺は静かにその場を去った。
しかし、一方で冷静な外科医の目で、ハルカの状況を診断してしまう。
バイタルは安定しているように見える。
だが、爪の色、唇の乾燥……いつ急変してもおかしくない兆候が出てた。
■第二章:2025年12月24日(くそったれなクリスマス)
翌朝。院内を切り裂くように、アラートが鳴り響いた。
「103号室、ハルカさん、容態急変!」
……来たか。
俺が病室へ駆けつけると、彼女はストレッチャーに乗せられるところだった。
廊下では「高校生の俺」が看護師に羽交い締めにされている。
「先生!」
か細い声で俺を呼んだのは、ハルカだった。
苦しい息の中、彼女は白衣のポケットに、一通の封筒をねじ込んできた。
「もし……もし、私が戻れなかったら……これを、京介に……」
その直後、「高校生の俺」が制止を振り切り、俺に掴みかかった。
「ハルカを助けてください! お願いします!」
57年前の俺の絶望が、目の前にある。
俺は、過去の自分――
その無力さを、絶望を、誰よりも知っている相手に吐き捨てるように言った。
「うるさいっ! お前になんかに言われなくても…俺だって同じ気持ちだ!」
手術室へ向かう足取りは、怒りで鉛のように重かった。迷いが俺を苛む。
だが、ポケットの中の封筒の感触が、俺の足を止めさせた。
(……これは、京介への手紙だ)
そうだ。宛名は「京介」。それは紛れもなく、俺のことだ。
「クソっ、俺への手紙だろ!」
俺は、誰に言うでもなく吐き捨てると、
外科医としての高潔な倫理観などかなぐり捨て、懺悔するように乱暴に封を切った。
『京介へ。クリスマスの約束、守れなくてごめん。 大好きだよ。 ハルカ』
読んでいるうちに、視界が滲んだ。違う。悲しいんじゃない。
57年前のこの悲しみの言葉をこれ以上増やさないために俺は医師として生きた。
救ってきた多くの命とその家族の幸せの涙を思い出す。
しかし、大好きと…その言葉が向けられる先は、俺ではない。悔しい。腹立たしい。そして、そんな感情を抱く自分自身も許せない。
俺は、この手紙を受け取り彼女との未来を失った。その俺が、再び
この手紙を受け取り、『未来の選択』を迫られている。
昨日の嫉妬を思い出し、殺意にも似た怒りに変わる。なんと残酷な運命なのか。
(…では、見殺しにするというのか?………………冗談じゃないっ!)
「…馬鹿野郎、馬鹿野郎、馬鹿野郎、馬鹿野郎っ!」
誰にともなく悪態が漏れる。熱い雫が、手紙の上に落ちてインクを滲ませた。
彼女を救って手に入れる幸せな未来は、俺のものだったはずだ。
…だが、違う。
しかし、彼女の幸せな未来を…今の俺なら掴ませてあげられるはずだ。
「俺は……俺は、世界最高のゴッドだっ!くそっ!」
手紙をぐしゃりと握りしめる。
そうだ。今は感傷に浸るための時間じゃない。彼女が死んでしまう。
……俺は、世界最高のゴッドハンドなんだ。患者には幸せな未来を
ついでに『彼』にも幸せな未来をくれてやる。それは、俺の『仕事』だ。
「執刀を開始する」
そこからは、もはや手術ではなかった。未来を取り戻すための、儀式だった。
俺のメスに、一片の迷いもなかった。
■第三章:2026年(俺が手に入れたもの)
数日後、奇跡的な回復を見せたハルカは、中庭のベンチに座っていた。
「先生、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる彼女に、俺は静かに告げた。
「君の生命力と……君を待つ彼の想いが、奇跡を起こしたんだ」
ハルカは、不思議そうに俺の顔を見つめた。
「あの……先生と話してると、すごく安心します。なんだか……京介のお父さんと話してるみたいで」
その無邪気な一言は、胸の名札に刻まれた「外科部長 神永京介」の名を
ひどく虚しいものに感じさせた。
(俺の中の57年分の人生が、57年前の無力な少年のせいで、音を立てて死んだ。)
その時、「彼」が息を切して走ってきた。
「ハルカー!」「京介!」
二人は、57年前に俺が夢見た光景の中で、笑い合っている。
俺は、確かに愛するハルカを「過去の自分」に奪われた。これが失恋の痛みか。
胸が張り裂けそうになるのを、奥歯を噛み締めて耐える。
…大丈夫だ。
俺は75年間、幾万の死と向き合い、医師として感情を殺し続けてきた。
この程度の傷(失恋)、完璧な仮面で覆い隠すことなど造作もない。
二人が、幸せそうにこちらへ手を振る。
俺は顔の筋肉を総動員して、完璧な「担当医」の笑みを作り、小さく頷き返した。
そして、何でもないように静かにその場を去った。
【エピローグ】
俺は、誰にも見られないよう裏口から病院を出た。
ひやりと頬を撫でる冷気。見上げると、空から白いものが静かに舞い落ちていた。
……雪だった。
誰も見ることのない裏口で、ただ一人の男の肩にだけ積もる…冷たい感触。
しかし、優しい慰めのよう感じた。
胸を焼くのは、どうしようもないほどの喪失感。涙が、堰を切ったように溢れ出す。
「……何が京介のお父さんだっ!……馬鹿野郎……サンタめ、
最高のプレゼントと最悪の罰を同時にくれやがって。」
誰に言うでもない悪態が、嗚咽に混じる。
俺は、滲む視界の先にある無機質な壁を、力の限り殴りつけた。
ゴツッ、という鈍い音。75歳の老体なら骨が砕けていただろう。
だが、この50代の拳は、まだ熱い痛みを俺に伝えてくる。
熱くなった拳を握りしめる。メスの感触ではない。
そこにあったのは、手術前にポケットから取り出した、
シワだらけになったハルカの手紙を握りしめた、確かな感触だった。
そうだ。俺のゴッドハンドは、俺自身の幸せを掴むことだけは永遠に禁じられた。
だが、この手は、愛する者の未来を救いたいという、俺の願いを叶えてくれた。
若き自分へ渡されるはずだったこの手紙、その役割を奪ってしまったのも…自分だ。
悲しみしかなかった過去であっても、幸せな未来がはじまった過去であっても、
このシワだらけになった手紙は…。この手にあるのだ。
俺はそれを、愛おしく感じ大切に白衣の内ポケットに仕舞った。
「成功して、本当によかった。…そうか、この幸せな未来は彼らのものだ。
だが、このシワくちゃな手紙だけは、俺が貰ってもバチは当たらないだろう」
(いったん完結)
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【作者より】
もし、この作品を面白いと感じ、続きを読んでみたいと思っていただけたなら、
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読者の皆様からの熱い反応次第で、続きの連載を真剣に検討させていただきます。
【この後のプロット】
彼は未来から来ています。つまり、これから発生するすべての
大規模災害、テロ、バイオハザード等の悲劇的な歴史を知っています。
タイムリープしたゴッドハンドとして、彼の仕事は残っています。
【失恋編】タイムリープドクター:「神の手を持つ天才外科医」~幸せなカップル全員死ねと叫んだクリスマス @cross-kei
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