(改)第七話 ビックリするくらい嘘が下手

 アリストリア高等魔術学園。


 それは生徒数もさることながら、特筆すべきは魔術師団と併設されていること――つまり、授業で現役の魔術師団員から直接指導してもらえることだ。

 しかし、そうするにもまた壁になるのが、学園に通う生徒数。

 国中の子供が集まってくることで、どうしても新入生徒数は4桁に上る。それだけの生徒を管理、運営していくのには、教師を担う魔術師以外にも優秀な助手が必要だ。

 授業もそうだが、学園内で行われる行事やその日程決め、予算案の作成と確認、テストの採点なんかも行ったりする――。



***



「――いわゆる、この学園内におけるであり、学園を運営するうえで必要な役割を我々生徒会は背負っているんだ」


 リーンハルトの説明に、ロミエはコクコクと頷いた。


 生徒会室まで行き、ショルトメルニーャと別れた後、講義室での対応を終えた生徒会長リーンハルトと共に生徒会室に入室、諸々の説明を受けていた。

 話によれば、いま生徒会は絶賛人手不足で、新入生から何人か募集している最中との事。役員選挙はあれど、一般人員は勝手に決められるらしい。

 そして、新入生の中でもロミエは筆記試験の成績が抜群によく、その能力を買われて勧誘した──とのことだ。


(よ、よかった。次元の亀裂が発生しそうだったから防いだのはバレて……ない、かな)


 なぁんだ、と少しホッとしていると、リーンハルトはヒラリと書類を差し出す。


「そこで、君には生徒会監査の仕事を任せたい」

「かか、か、監、査……です、か?」

「ああ、テストの答え合わせをしたり、ほか業務の資料に誤りがないかの確認をしたりかな」


 コクコクと頷きながら、書類を受け取る。確認する限り、生徒会員の任命証だ。


(…………あれ、結局生徒会に、はいってる……)


 責任とか背負いたくなかったのに……そもそも、なんで拒否しなかったんだっけ――と思案して思い出した。


(そうだ、この人に期待されているから、それに応えないといけないんだ)


 期待に応える――それは想像以上に難しい。

 一度期待に応えてしまうと、相手はさらにその上を期待する。

 そうして、膨れ上がっていく期待に応えていくうちに、いずれ自分の身に合わない期待を背負わされて、結果抱えきれなくて破綻するのだ。

 そう、この世界を創造し、そして破綻してしまった時のように――。

 無意識に猫背になっていると、リーンハルトがフフッと笑い、「姿勢」と言った。


「あ、はっはっ、はひゃいっ!」

「うん、生徒会監査になったのだから、姿勢を伸ばして堂々としていてほしいな。そういえば、入学式典の時に君だけ俯いてたから、すごい目立っていたよ」

「……え゛っ⁉」


 その言葉に、ロミエはギョッと目を見開いた。


(目立ってた、目立ってた⁉ 俯いたら俯いたで目立っちゃうなんてぇ……どうすればぁぁ……)


 「ううぅ……」と密かに頭を抱えていると、リーンハルトが「そうそう」と融和な笑みを浮かべる。


「君の上司になる監査長のことなんだけど、彼はとても礼儀作法や身だしなみに厳しいやつだから、怒られないように気を付けてね」

「……え゛」

「あとそうだ、監査の仕事の内容についてだけど、詳しいことは監査長に聞いておいてね。厳しいやつだけど、それなりに親切で誠実なやつだから。、何も言われないよ」


 「ちゃんとしていれば」だけ凄く強調された。


(むりむりむり無理ぃぃぃ……絶対ちゃんとできないし、猫背沁みついちゃってるしいぃ……)


 どんな人か姿は分からないが、きっと厳つくて目付き悪い人なんだろうな……。

 思い出したのは、初等科時代にロミエを厳しく指導した先生。

 確か実技の担当で、実技が壊滅的にできなかったロミエを、時に罵ったり手を上げたりして……とにかく、良い思い出が何も無い。


 どんな人なんだろう、不意に声かけられたら突飛な声が出ちゃいそう――なんて震えつつ、リーンハルトに向き直る。


「は……い……」

「……嫌そうだね?」


 図星である。

 ロミエは慌てて、目を細くしたリーンハルトに向けて、全力でぶんぶんと頭を横に振った。


「いっ、いいいいえ! そんなっ……こと、は……ないっ…………です……」

「動揺が丸見えだね」


 リーンハルトが微笑んだ。見透かされている。

 この人は他人の思考を読んでるんじゃないか、もしかしてそういう魔術⁉ ――と、ありもしない魔術に恐怖するロミエこの世界の創世神

 「うう……」と言いながら目線を泳がせていると、「そうだ、ロミエ・ハルベリィ嬢」とフルネームで呼ばれて、ビクリと肩を震わせた。

 心なしか、リーンハルトの視線が鋭く、そして冷たくなった……気がする。


「単刀直入に聞くけど、さっきの魔道具暴走事故について、何か知っていることがあるんじゃないかな?」

「ひぇぅッ……」

「どうなんだい?」


 あ、マズイ。

 やはりこの人は気づいているのか。ロミエが自身の魔力で魔素を操り、空間に綻びが生じてしまう魔素配列を崩したことを。


(バレてる……? わたしがやったって……もしかして、この世界の創世神ニヒリアってバレて……)


 スゥーっと足元が覚束なくなり、顔が真っ青になる。

ロミエはフラフラとよろめきながら、どうにかその場に踏みとどまって、首を横に振る。


「…………な、にも…………知らない…………で、す……」

「……うん、君はビックリするくらい嘘が下手だね。」

「ひゅぐぅぅ……」


 嘘だとバレてる。

 せめて最期の晩餐は美味しいごはんが良いなぁ――なんて思っていると、リーンハルトは目尻を和らげて、肩をすくめた。


「まあ、無理に問いただすのはやめてあげよう。その代わり、生徒会監査として事故原因の調査をお願いしようか」

「……へ?」


 てっきり問い詰められるものと思っていたロミエは、ポカーンと口をあけた。


「あれ、それとも根掘り葉掘り問い詰められたかった?」

「い、いいいいえっいえ!! じっ、じっ、じこげーいん……ちょっうさ……しまふ……ッ!」

「フフ、そうか。それじゃあ任せる」


(噛んだぁ……)


 どこまでいっても出来損ないだ……と項垂れるも、どうやらリーンハルトはこれ以上聞いてこないようなので、心底ホッとする。


(でもどうしよう。少なからず疑われてるし、記憶干渉魔法で改竄しようかな……)


 ただ、それをするのは少し気が引ける。記憶干渉魔法は多くの魔力も精神力も使うし、何より失敗したら最悪精神が壊れてしまうのだ。

 そもそも、魔法使いが圧倒的に少ない中、ロミエが魔法を使って誰かに見られると色々面倒なことになるし、記憶干渉魔法は相手の頭に触れながら出なければ使えない。


(リスクが高すぎる……とりあえず、これ以上疑われないようにしないと……)


 そんな打算的な思考を巡らせていると、リーンハルトがニコリと笑う。


「ロミエ・ハルベリィ嬢、良い報告を期待しているよ」

「……っ。……は、い」


 これはいよいよ逃げられないぃ……と狼狽えつつ、生徒会室から出ようと、扉に手をかけたその時、「あ、そうだ」と思い出したようにリーンハルトが言った。


「さっきも言ったのだけれど、声を出す時はお腹から出すといい。そのほうが、噛みにくいしをあげないですむ」

「き、奇声……」

「行ってらっしゃい」


 にこやかなリーンハルトの笑顔に見送られ、ロミエは生徒会室から退出する。

 「奇声」と言われ、ロミエは何やらもやもやとした気持ちを抱えつつ、首を捻った。


(ずっと腹から声出せって言ってるけど、いまの人間はお腹の中に魔道具を入れるようになったのかな?)



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ただのロミエの世直しごと――だってわたしは出来損ない―― 清河ダイト @A-Mochi117

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