雪国の見守り人・2 -ローカル天気予報 vs グローバル気候-

風雪詩人

第1章 秋・嵐の前の静けさ

第1話 ラジオ番組のインタビュー

 山形県の南部、吾妻あずま連峰のふもとにある東南とうなん置賜おきたま市。その中心部の米沢よねざわ地区には民間気象会社「置賜おきたま予報センター」がある。これは、そこで働く気象予報士・佐倉さくら深雪みゆきの物語である。



 彼女は今、職場の近くの放送局のラジオブースに来ていた。ボブヘアに眼鏡めがね、ベージュのビジネスカジュアルに身を包み、マイクの前に座って、ノートパソコンを広げ、最新の気象データを入念にチェックしている。


 向かい合うように座るのは、中年の男性MC・山下やました直樹なおき。実は彼、この放送局の報道担当部長でもある。入社直後は取材記者として活躍し、番組ディレクターなどを歴任して現在の地位に就いた。とはいえ、職場の人材不足もあって、番組制作の現場にも関わっている。



 二人がこれから出演するのは、「置賜ウェザーライブ」という番組だ。


 地域密着型の気象情報に特化したコミュニティ放送番組で、地域の詳しい天気予報の解説に加えて、リスナーからのメッセージやリポート、さらには地域にまつわる情報も紹介する。



 この日の置賜も、秋の色に染まりつつあった。吾妻の山々は紅葉の赤や黄色が色づき始め、スタジオのガラス窓越しにその景色が広がっていた。


 マイクに向かって軽快に語りかけるMC・山下直樹の声は、秋晴れの空のように明るかった。向かいの席には、気象予報士・佐倉深雪が座り、ノートパソコンに映し出された気象データを見つめていた。



──BGMが変わった──



「さて、今日のスペシャル・インタビューのコーナーです!」


 山下が声を弾ませた。


「佐倉さん、『吾妻あずま白猿しろざる』、ご存じですよね?」



 深雪は一瞬、目を丸くした。


「はい。もちろん。吾妻の山に生息するニホンザルの中に、全身が白い毛で覆われた個体がいるって話ですよね。なかなか見られない、幻の存在って……」


 彼女の声は穏やかだったが、心のどこかで何かが引っかかっていた。

(まさか、それが今日のインタビューのテーマ!?)



 山下は身を乗り出した。


「そうなんです!  白い猿を見ると『幸運のサイン』なんて言われますけど、それだけじゃないんですよ。実は、ネットで話題になってるんです。なんでも、吾妻の白猿には不思議な言い伝えがあるとか……」



 深雪の指がマウスをそっと握りしめた。


(不思議な言い伝え? それって、彩花あやかが話してた……あの話?)

 彼女の心臓が少し速く鼓動した。



 山下はリスナーに語りかけるように続けた。


「そこで、今日はこの伝説に詳しい方に電話でお話を伺います。

 吾妻の麓の神社の神職、神崎かんざき彩花あやかさんでーす!

 それでは、神崎さーん、よろしくお願いしまーす!」



 深雪の顔が一瞬、凍りついた。


(えっ、彩花が今日のゲスト!? ちょっと、 聞いてないよぉ!)


  彼女は平静を装って微笑んだが、内心では親友の突然の登場に動揺していた。心臓の鼓動のテンポが上がった。



 電話の向こうから、落ち着いた女性の声が響いた。

「はい、よろしくお願いします。」

 彩花の声は静かだが、どこか力強さを秘めていた。



 山下が早速切り込んだ。

「さて、神崎さん。吾妻の白猿といえば、全身が真っ白なニホンザルとして有名ですけど、ただの珍しい猿……じゃない!って噂があるんですよね?」



 彩花は一呼吸置いて答えた。

「はい、ただのニホンザルではない、という言い伝えがあります。私の神社でも、歴代の神職の間で語り継がれてきました。小柄な白い猿は、あくまで世を忍ぶ仮の姿。


 そして、その正体は『吾妻の守護神』だと言われています。全身から白銀の輝きを放ち、地域を見守る存在だと……。」



 山下の目が輝いた。

「おぉ、守護神! それはすごい! 具体的には、どんな神様なんですか?」



 彩花の声にほのかな笑みが混じる。

「普段は群れで行動して、時には温泉に浸かったり、ほこらのお神酒みきをちょっと失敬したり。そんな御戯おたわむれもあるようです。

 でも、本当の役割はもっと重大です。この地域に災いをもたらす魔物が現れたとき、巫女みこの祈りを受けて降臨し、真の姿を現す……と伝えられています。」



「ほぉー……、真の姿? それはどんな感じ?」

 山下が身を乗り出す。



「姿は白き猿。全身が白銀に輝き、雷鳴とともに現れるといいます。その姿は力強く、まるで猛者のようだとも伝えられています。」

 彩花の声は穏やかだが、どこか神秘的な響きを帯びていた。



 深雪はマウスを握る指先に無意識に力を込めた。

(ちょっと、彩花!…… 一体、何を話す気なの? 今ここで?)


  彼女の脳裏に、彩花と過ごしたある冬の夜の記憶がよぎった。山奥の祠、雷鳴、そして白い影……。

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2026年1月12日 18:00
2026年1月13日 06:00
2026年1月13日 18:00

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