因果某(いんが なにがし)

ガィンッ


 思わず手が痺れてしまった。スコップの先を見てみると、白い粉が付いている。

 掘り跡にも、茶色に若干の白と濃い灰色が見え隠れしている。やれやれ、少し深く掘りすぎたか。

 朝の早い時間からとはいえ、秋口でもこの労働は堪える。

 シャベルを取り濃い灰色の周囲を掘っていくと、意外と大きい石のようだ、まだ掘り起こせ……うん?

 心の中で舌打ちをする。どうやら土中の大きい石は一つでは無いようで、隣にも……いや、両隣にもあるようだ。このサイズの石……いや、岩か。兎に角、動かすのには苦労しそうだ。


 下へ掘り進めていくと、ようやく岩の底へ指の第二関節くらいまでなら入る様になってきた。岩の底へ両手を添え、渾身の力で持ち上げッッッッ!!!

 ……無理だ。これは、絶対に無理だ。自分に力がないとか岩が持ちづらいとかそういうレベルではない。まるで岩ではなく、地球を持ち上げているような感じだ。……参ったな。



 以前私は都心部に住んでいたのだが、仕事に行って帰ってくると……住んでいた家が類焼で全焼していた。

 その日は風が非常に強かったためあっという間に燃え広がってしまったらしく、近くの看板やどこかの神社で鈴緒が千切れたというニュースまであったという。全く、運がない。しかも出火元の隣人ときたらたかが寝煙草での火事で慰謝料なんか払えるか、ときたもんだ。保険に入っていたから弁護士を立ててなんとかなったものの……全く、今思い出しても業腹だ。

 まぁそんなわけで、叔父の伝手で田舎――といっても都会との境目のような立地だが――の古民家に越してきたのだ。叔父が年に一、二度は手入れをしていたと言っていた通り、意外と悪くない雰囲気だったので家具の手配や風呂場など諸々の改装、点検の手配を終わらせると、憧れの半自給自足生活の為庭の一部を開墾することにしたのだ。

 流石に庭は荒れるに任すといった状態で、トタンや木の板、棒、ブルーシートやビニールシートが散乱していた。私の家が燃えてしまった日の強風の影響で、どこからか飛んできたのだろうか?


 そんな中に一区画だけ、雑草が殆ど……いや、全く生えていない箇所があった。

 一坪ほどだろうか?かなり正確な正方形になっており、土はそこだけ色が違うが踏み固められているわけでもなく、その一坪だけ世界と隔絶されているというか……まるで土地そのものが意思を持ち、全てを拒絶しているように感じる。

 特に何かが建っているわけでも、御幣があるわけでも、何かで囲われているわけでもない。

 しかし確かに感じるこの尋常でなさ。これは一体……


 ……まぁ、いいか。

 自分は特に霊感があるわけでもなく、オカルト関係に興味があるわけでもない。それにもし神聖な何かが敷地内にあるのなら、叔父も一言くらい言ってきたはずだろう。

 ……まぁ、その会話の内容も殆ど覚えていないのだが。


 そういうわけで、まずその怪しげな土地を耕すという建前で掘り起こすことにしたのだ。ひょっとすると高値で売れる何か、それこそ徳川埋蔵金でもあるのではないかという邪な気持ちもあったが。


 ――そして、結果がこれである。

 手ではとても持ち上げられない重さの岩が3つ。ひょっとするともっとあるかもしれない。

 もしかすると、この岩が理由でここは畑には向かないと判断し、隔離していたのだろうか?それなら納得も出来る。

 しかし、これだけ掘ってしまったものを全容も見ずに埋めてしまってはただの徒労だ。折角ならどんなものなのか暴き出して、写真に収めてからでもいいだろう。ひょっとすると、何か貴重なものが隠されているかも……


 岩を動かすのは一旦諦め、周囲に沿って掘り進めていく。

 するとやはり岩は3つだけではなく、円を描くように連なっているようだ。全部で……7つか。何か表面に模様が彫ってあるようだが……動物?カエルか何かのようだ。ケロケロ。

 であれば、当然中央に何かお宝が……と思ったのだが、中央は拳が入るかどうかくらいのスペースしかなく、岩を動かさない限り土をどかすことも干渉することも難しそうだ。


 幸い周囲の土は広めに掘っておいたので、岩を一つづつ倒していけばなんとかなりそうだが、肝心の岩がビクともしない。接着剤でも付いているのだろうか?

 悪戦苦闘の結果は全く芳しく無く、手持ちの道具では如何ともしがたいことが分かった。

 最後に一応写真を撮り、腹いせに小便をかけてから埋め直すことにした。

 正確には、明日埋め直すことにした。正直、もうヘトヘトだ……



 浴槽はともかくシャワーはなんとかきれいな水が出ることを確認できたので、労働の汗を流しながら明日に回した作業に憂鬱な気分になる。

 果たしてあのストーンサークルは何だったのだろうか?カエルのお墓にしては不釣り合いな気もするし、かといって財宝の類が眠っているとも思えない……

 風呂を出て買っておいたコンビニ弁当を適当にかきこむと、用意しておいた布団に糸が切れたように倒れ込む。あまり体力がある方では無いが、あの程度の作業でここまで疲れてしまうとは……筋トレでもするべきか。

 そんなことを考えていたのかいなかったのか。気がついたらという表現はおかしいのだろうが、兎に角自分は睡魔に導かれるようにあっという間に寝入ってしまった。ケロケロ。





ズチャ ベチャ


 妙な物音に目が覚めてしまう、夢か……?

 スマホを見るとまだ3時だ。溜まっている通知は起きたら見るとして、今は二度寝を


バチャァン!


 振動を伴う突然の音に、体が反射的にビクリと跳ねる。

 な、なんだ?あっちは確か、庭に面した縁側の廊下だったはず……


ビチャン!ビチャン!


 またも響く怪音。つねった頬の痛みにこれが夢ではないと確認すると、布団を出て電気をつける。

 ひょっとするとここがまだ空き家だと勘違いした子供がイタズラでもしに来たのだろうか?そう仮定するなら、時間を鑑みるに子供というより所謂半グレグループの可能性が高い。下手に刺激しては危険だと電気は消して、物音をたてないようそっと廊下へと近づく。


 その間も雨戸になにか湿っているというか、粘体のような何かがぶつかる音は続いている。

 スライムでもぶつけて遊んでいるのだろうか?だがそれにしてはもっと大きく、重いものがぶつかっている音に聞こえる。


ズチャン! ズズズズズ ベチャ

ズルリ ズズ ズル ズズ ……


 ……遠ざかっていく?一体何だったのか……

 ……どうでもいいか、寝よ。





 翌日の寝起きは憂鬱だった。季節に見合わない湿気が家中を覆っており、寝ている間に大雨でも降ったのかと外に出ると、どこも乾いたままだ。

 まずは換気かと家に戻ろうとした時。ふと、視界の端に違和感を覚えた。

 ……あぁ。そういえば昨日の夜、夢だったのかなんだったのか、変な音が聞こえた雨戸が丁度あの辺りになるのか。

 背の高い雑草を迂回して件の雨戸を視界に捉えると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 雨戸にはまるで大量のナメクジが這い回ったかのような粘液が大量に付着しており、それは雨戸の下の地面、更には庭の奥まで続いている。

 驚くべきはその粘液の道中に生えていた植物の尽くが枯れ果て、見えるのはただ粘液でヌラヌラと光る土肌だけだ。左右の植物も粘液に触れたであろう箇所はやはり枯れ果てており、まるで死神が通った跡のようにも見える。

 粘液の道を辿っていくと、例のストーンサークルがある場所へと続いていた。


 何をしてもびくともしなかったあの岩は四方に散乱しており、果ては掘っていない部分の地面にまで転がっている。一体何が……ガス爆発でもあったのか?

 しかし、よく見てみればどの岩にも例の粘液が付着しており、堀跡を見ればなんと中心部にストーンサークルと同じような大きさの深い縦穴が覗いていた。

 その縦穴、ひいては堀跡全体も同じ様に粘液に塗れており、深さはスマホのライト程度では分からないほどだ。


 更に周囲を観察してみると、この穴から出てきたナニかはまず家の雨戸まで移動し、雨戸を叩く、あるいは体を打ち付けたのだろう。

 気が済んだのか、はたまた侵入を諦めたのかそのナニかは踵を返し、元の堀跡まで戻ってくると手前で方向転換をし、庭の遥か向こう、なだらかな斜面の先にある森へと移動したようだ。そういえば、叔父の家はあの森を越えた先にあるのだったか。


 移動した跡が分かりやすすぎるのでこんな筋書きを考えてみたが、しかし一体何なのだろう?

 あの岩は直下にナメクジか何かの巨大なコロニーがあり、それを抑える蓋だったのだろうか?


 うーん……だとしても、なぜ植物が枯れてしまうのだろう?そういう種類のナメクジも居るということか?

 丁度庭の雑草は処理しようと考えていたところだったので枯れてしまったのはいいのだが、まずは粘液を除去せねばなるまい。見た目もそうだが、特に臭いがキツすぎる、まるで汚物のそれだ。

 だが本当に除草剤のような効果があるとしたら、もう二度とそこから植物が生えてくることは無くなるのでは……?

 ならばいっそ、この粘液の跡を通り道として利用するのはどうだろう。幸い縁側から庭へ直接続いているし、背の高い雑草の中に通り道があるというのも、なんというか秘密の抜け道感があってカッコいいではないか。

 であれば安易にシャワーで洗い流さず、丁寧に除去すべきか。ひょっとすると、とっておけば何か使い道もあるかもしれない。

 道具を選定するため、取り敢えず雨戸の粘液をシャベルで掬ってみる。取れることは取れるが、やはり綺麗には取れない。

 下手に乾燥して臭いや色が取れずじまいなのは避けたいので、早めにヘラや雑巾等の道具を用意しよう。


 そう考えて踵を返そうとした時、足が少し滑ってしまった。気を付けてはいたが、粘液を踏んでしまったか。そう思って足元を見ると、そういうわけでもないようだ。どうも雨戸下部の地面がすり鉢状に凹んでおり、そこに足を滑らせたらしい。

 何だろう?昨日のナニかが余程ここでしつこく体当たりでもしたのだろうか?にしてはこの凹みだけ粘液が一切付着していない。

 しゃがんで凹みを観察してみるとどうも故意に掘られたもののようで、ナニかを使ってキレイに、均等に均されている。更に螺旋状の道?のようなものが描かれており、地面から凹みの中央へと何本か続いている。

 凹みの中心部にはやや盛られた土があるのみだが……これは一体?ケロケロ。

 おもむろに軍手を取ってきて嵌めると、盛られた土を崩し、その周囲を優しく掘ってみる。


 するとそこには、ジェル状の透明な液体に包まれた大量のカエルの卵のようなものが埋まっていた。

 しかし、卵の一つ一つが異様に大きい。人の目玉くらいのサイズはあるのではなかろうか?

 しかもジェル状の液体の中のそれらは互いに癒合し、まるで融合でもしようとしているかのようだ。


 ちょうど倉庫にあった水槽に水を汲んでくると、その卵たちを優しく水槽に入れてやり、室内へと移動する。

 ジェル状の部分は水の揺れに合わせて動くだけだが、中の卵はまるで自らの意思があるかのように不規則に動いている。

 しばらくその動きに見惚れていたが、ふと我に返ってスマホを取り出し、写真を撮る。

 毎日はやりすぎだろうか?しかし、どんな変化も見逃したくない。朝晩に分けて撮ろうか。


 スマホを出したついでに通知に目をやるが、その中に叔父からの着信がかなりの数あった。何かあったのだろうか?

 何回かかけ直してみたのだが、一度も繋がらない。まぁ、これを見てまたかけてくるだろう。


 しかし、見れば見るほど美しい……幾何学的と言うのだろうか?どんな言葉でも表せないほど、この子は美しい。

 卵の状態でなにか栄養をあげる必要はあるのだろうか?あのまま土中に埋めておくのが一番いいのかもしれないが、それではこの子が余りにも可哀想だ。色々とネットで調べてみるとするか。


 兎に角、これがこの子との出会いまでの記録だ。以降はこの子の〓〓








「……で?結局この怪異や書いた本人はどうなったんだよ」

「まぁ、少なくとも日記に出てる叔父とやらは死んでるだろうな」

「怪異が向かったとされる方向に、叔父の家があるって記述があるからか……本人は?」

「さぁ?ただお金は持ってるようだし、卵の魅力に抗えたならなんとかやってるんじゃないか。幸い孵化は早かったみたいだからな」

「孵化?」

「卵だよ。わざわざ水槽にいれてやるとはまぁ……運がいいんだか悪いんだか」

「どういうことだよ、早く説明しろって!」

「分かったわかった揺らすなゆらすな……ったく。勝手に人ん家の倉庫を漁って他所様の日記を読んで説明しろだもんな……

 元々はうちの管轄じゃなかったらしいんだが、何かの伝手でじいちゃんにも伝わってた怪異でな。曰く蠱毒で生まれた蛞の成れの果てだそうだ」

「……おたまじゃくし?あの?」

「そう。あの。

 本来蠱毒は毒虫なんかを使ってやるんだが、とある地域に古くから神様がおわすとされた田んぼがあったらしくてな、そこに住んでる蛞を使って蠱毒をやろうとした不届き者が居たんだと」

「……それで?」

「結局蠱毒の儀自体は上手く行かなかったらしいんだが、神様の怒りを買ったのかその地域一帯は草木一本生えなくなったとかで、人も離れていったらしい。だがこの蛞に生き残りが居たんだろうな、以来その地域の周辺で不審死が相次いだとかで、地元のなんとかって家がこれを鎮めたらしい。

 だが神性と呪いを兼ね備えたソレを完全に消すことは出来ず、どこかの地に封印し、守り人を立てて見張るしかなかったんだと」

「となると、日記の叔父がその守り人を担当してたのかな。それでその恨みのためにおたまじゃくしに……」

「とも限らんだろうな。なんせ何年前の話なのかも分からんし、親の言うことに忠実な子供だけが産まれるわけでもないだろ」

「確かに」

「だが、守り人としての役目は一応果たしてたんじゃないか。どう聞いてたのかまでは知る由もないが、封印の埋まってる場所を囲おうとはしてたみたいだし」

「なるほど、強い風で囲いが壊れていたのを叔父は知らずに日記の著者に譲ってしまい、後から確認のために連絡を入れていたってところかな」

「まるでワトソンくんだな」

「茶化すなよ。で、封印役だった人間に恨みを晴らした後のおたまじゃくしはどうなったんだ?」

「さぁ?記録じゃ一度にそんな大勢の死人は出なかったみたいだし、スッキリして消えたんじゃねぇの」

「え?ならそこまで問題になるような怪異じゃ……あっ」

「そういうことだな。恨みを晴らす前後かは分からんが、どうやら蛞は産卵で繁殖するらしい。ただ蠱毒の性質を受け継いでるのか、個体数が増えるってことは無いみたいだ」

「なるほど……すると、新しく生まれたおたまじゃくしはどうなったんだろ?」

「ソレこそ分からん。新たな蛞が何を持って標的を選ぶのかすら分かってないし、恨むなら恨むだけの理由が無いとな。案外育ての親に好意を感じれば、そいつが恨んでそうな人間のとこにいくかもな」

「なるほどなぁ……ん?でもそうなると、日記にある新しい卵と育ての親になったと思われる日記の著者は結局どうなったんだよ」

「うーーーん……」

「なんだよ、変な顔して」

「お前さ、最近こことn市の境辺りの古い一軒家が全焼したってどっかで聞いたか?」

「え?うーん、知らないなあ」

「まぁ年寄り連中の茶飲み話だからな。んで、その話を聞いたじいちゃんにちょっと見てこいって言われたんだよ」

「???その火事の跡を?」

「そ。んでお前が持ってきたこの日記を渡されて、読んでから行けとのお達しでさ」

「……まさか、その火事のあった家って」

「まぁ、間違いないだろうな。残ってるのは太い木材や溶けた家具くらいだったよ」

「……日記を読むと、著者は途中から明らかに錯乱してる描写があるよね。もしかしてそのせいで、自宅に放火を……?」

「分からんことだらけの怪異だからな、詳しくは神の味噌汁さ」

「はぁ?……うん?」

「飯、食ってくだろ?もうばあちゃんはその気だぞ」

「……ご馳走になるよ。でも、この匂いはたまらないなぁ」

「ほんとにな」

「……あれ、そういえば怪異と著者がどうなったか聞いてないぞ?結局お前でも分からなかったってことか?」

「まあ掘り返してみれば分かるんだろうが、そこまで関わる気にもならなかったしなぁ」

「掘り返す?」

「あぁ。家の裏庭に日記の描写に合致するような土地があったんだよ。ただまぁ、大きさはどう見ても二坪はあったけどな」

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因果某(いんが なにがし) @Insh_Ing

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