ギルト・イン・ザ・ボックス(3)

「ユウコ……!?」


 突然現れた少女の名を、懐かしさとともに呼んだ。


 川上ユウコ。

 幼少のころからの幼馴染であり、自他ともに認める親友だった人。

 高校に入る直前、彼女はとある事情から登校が難しくなってしまい、結局同じ通学路を歩むことは一度もないまま、ぱったりと関係性が途絶えてしまった。

 ……あれから、もう二年以上が経っている。


 目の前のそれは、微動だにせずこちらをじっと眺めている。

 丁寧に手入れされた、潤いのある長く黒髪。前髪は綺麗に切りそろえられており、凛とした大きな釣り目がしっかりと見えた。

 手を前で組む所作、真っすぐな佇まいなどはどこか上品で、彼女にどんな服を着せるかと問われれば、十人中全員が着物と答えるだろうと思うほどに、和の要素が似合う人だった。


 教壇の上に立つ彼女の姿は、どこまでも記憶の像と一致している。

 だからこそ、確かめる必要があった。

 あれが本当に親友なのかどうかを……。


「ねえ、ユウちゃん、なの……!?」


 二人だけの相性でもう一度呼びかけると、彼女の耳がピクリと揺れる。

 ユズリハの声に応えるように、ユウコは優しく朗らかな笑みを浮かべ、閉ざしていた口を開いた。


「ええそうよ、ユズ。わたし、ユウコよ。覚えててくれたのね……嬉しいわ」


 おしとやかな声と、ゆったりとした話し方。上品ではあるものの少しだけ砕けた口ぶり。ユズという呼び方も、顔立ちのわりにあどけなさが残る笑みも、記憶の中にある彼女そのものだった。

 同級生も、先生も、ユウコに気があるだけの男子だって、誰に聞いてもあれは本物だと答えるだろう。


 けれど、ユズリハにはわかってしまった。

 明確な根拠はない。強いて言えば直感だ。

 だが、自分は正しいはずだという妙な確信があった。


 ……そうだ。

 気づいたからには、指摘しなくてはならない。おまえのそれは間違っていると、突きつけてやらなきゃならない。

 間違っているものに価値はなくて、存在意義など欠片もないのだから。


「……嘘だ」


 笑みを絶やさないそれに、ユズリハは人差し指を向けながら、静かに、そして残酷に告げる。


「あなたは、ユウコじゃない」


 声をわずかに震わせながら、確かに言った。

 その瞬間、どんよりも重たいものが心にずし、とのしかかる。

 中身がどうであれ、見た目は幼馴染そのものなのだ。それを否定するという行為は、決して気分のいいものではなかった。


 それでも言わなければならない。

 ――そうしなければ、彼女の存在が穢されてしまう。


 ユズリハの言葉に、ユウコはただにこやかな笑みを浮かべたまま、何ら反応を示さない。

 薄く細めた瞳はまるで白目が消えたかのように黒く塗り潰され、どこまでも広がる無限の闇がユズリハの姿を捉えている。


 ……ああ、やっぱりそうだ。

 その目を見て、ユズリハはまた一つ確信を得る。

 嬉しいような、それでいて悲しいような。


「……もう、いい加減にして」


 ユウコのふりを続けるそれに、自然と言葉に怒りがこもる。


「あなたはユウコじゃない……あなたの正体は――私が生み出した、怪異。そうなんでしょ?」


 重たい空気が充満する教室に、静寂が混ざりこむ。

 何も言わないユウコを、ユズリハはじっと見つめる。彼女の姿をしたそれの、次の行動を決して見逃さないように。


 妙な緊張感が漂い始めたそのとき、硬く閉ざされていたユウコの口が、ようやく開いた。


「ええ、大当たり。さすがは生みの親、見た目が変わっても子供の存在は気づいてくれるのね?」


 ユウコ――いや、怪異はそう言うと彼女の姿のままクスクスと笑みをこぼす。


「……見抜いたんだから、さっさと元の姿に戻ってよ。友達の見た目で好き勝手されたくないの」


 少し落ち着きが増したものの、ユズリハの声には未だに怒りがこもっていた。

 およそ彼女が使わないであろう言い回しと、彼女を彷彿とさせる笑い方。そのどちらともに、ユズリハは苛立ちを覚えた。


「ごめんなさい。残念なことにその願いを叶えることはできないの」


 わざとらしい態度と、薄っぺらい謝罪の言葉。

 記憶の中のユウコをますます穢され、怒りのボルテージがぐんっと跳ね上がった。


「……それは、なぜ?」


 息を深く吐き、意識を冷静に保ちながら、ユズリハが問う。


「わたしたちは言葉による意思疎通を必要としないの。だから当然口もなければ発声器官も備わってない。だからこうして同じ人間の器を通じてじゃないと、あなたたち人間と意思疎通することができないのよ」


 そう言って、怪異は制服の袖を掴みながら両腕を水平に掲げると、その場でくるりと回転する。

 黒髪がたなびき、ロングスカートが遠心力に引かれ、ふわりと大きな円を描く。

 朗らかに笑みをこぼすその様子はまるで、人の姿を楽しんでいるかのようだった。


「だったら、わざわざユウコの見た目になる必要なんて……」


 ぽつりと呟くと、怪異はぴたっと動きを止めた。


「あなたの記憶に存在する人の中で、最も色濃く残っていた人を選んだだけなの。そしたらたまたまこの姿になってしまったのよ」


「なら、最初に自分をユウコだって騙ったのは……!」


「あれはね、ようやくあなたと会話できるって思うと嬉しくなっちゃって。よく考えたの、わたしなりに。どうしたらたくさんお話ししてくれるかなって。そして閃いたの! 怪異というわたしよりも、ユウコというわたしの方がお話ししてくれるかもしれないって!」


 怪異はだんだんと声を大きくしながら、まるで名案とでも言わんばかりに、パンッ、と胸の前で掌を打ち鳴らした。

 いちいち人の神経を逆なでする奴だ、などと思いながら、面影のある行動をとるたび、ユズリハは苛立ちの隠せない険しい視線を怪異に向けていた。


 怪異はそんなユズリハの機微に気づくことなく、他者の領域を侵すかのように彼女にずい、と接近する。

 ユズリハが身を引くよりも先に、怪異が口を開いた。


「そうだ、わたし気になってたことがあるの!」


「……なに?」


 唐突な問いかけに少し面食らいながらも、一言小さく返事をする。


「あなたはわたしに会いに来てくれたんでしょう? でもどうして? なぜ会いに来てくれたの? もしかしてまた願いが増えたの? いいわ、わたしに任せて! どんな願いも叶えてあげるから!」


 口を挟む隙も与えずに、怪異は流暢に舌を回し続ける。

 ハイスピードな怪異の主張に圧倒されつつも、ユズリハは小さく首を横に振った。


「……そうじゃないよ。私があなたに会いに来たのは、新しい願いを叶えるためなんかじゃない」


「そうなの? なら、どうして?」


 言葉の意味が理解できていないのか、怪異はこて、と首を傾げる。

 その素振りに、何度目かの懐かしさを感じながら、それを振り払うかのように頭を振った。


「……私は、責任を取りに来た。あなたを生んでしまって、迷惑をかけてしまった責任を」


 責任を取る。

 それはつまり、怪異という存在の退去。

 自らのエゴで生み出してしまった目の前の怪異を、これまた己のエゴで消えてもらおうというのだ。


 なんと酷く冷たい言葉だろう。自分でもそう思った。

 そう思わせるのは、怪異がユウコの姿をしているからだ。

 そうでなければ、こんなにも罪悪感を覚えることはなかった。

 親友の姿をしているものを、自らの手で消し去らなければならないのだ。

 たとえ偽物とわかっていても、精神的な負荷であることは間違いない。


 沈むように重い口ぶりに、さすがの怪異も彼女の真意を理解できたのか、今までずっと浮かべていたはずの笑顔はきれいさっぱりなくなり、代わりに呆然とした面持ちで、ユズリハの顔を見つめている。


 しかし、迷っている暇はない。

 これから行われるのは、とどのつまり懺悔である。

 教会で神父やシスターに罪を告白するというあれを、ユズリハは今から、怪異に向かって実践するのだ。

 そして最後にこう突きつける――


『あなたはもう、必要ありません』


 願いを叶える必要はないと、おまえの役目は終わったのだと、しっかり告げる。

 そうすれば怪異と主との関係性は断たれ、主の願いによって存在を確立していた怪異は形を保てなくなり、自然と消滅する……らしい。

 少なくとも、カノンはそう言っていた。


 ならばさっそく始めよう。

 罪の告白を。

 エゴによる発生と、エゴによる終幕を。



 それは些細なことだった。

 両親との不和。

 思春期を迎えた少年少女ならば、誰もが一度は通る道。

 親子関係が良好だったユズリハにも、例に漏れずその時期が来た。


 両親の口癖は”正しくあれ”だった。

 正確には口癖じゃないのかもしれないが、常日頃それを教えられてきたユズリハにとっては、あまり変わらないようなものだった。

 ユズリハが高校生になってからも、その環境は変化しなかった。


 門限は夜八時。中学の時よりかは拡大されたが、それでも一時間伸びた程度だった。

 アルバイトは禁止。学生の本文は学業なのだから、必要以上にお金を得る必要はないと言われていた。

 成績は上位で収めること。人よりも勉強しているのだから、当然人よりも点数を取ることが正しいことだと教えられた。

 友人関係はよく考えること。少しでも不用意なことを言おうものなら、「そんな友達なんて」や「今すぐ関係を切りなさい」などと言われる。それに嫌気がさして、いつしか親の前で友達の話をすることはなくなった。


 友人と会話するたび、ユズリハは己の置かれた環境が窮屈に思えて仕方がなくなった。

 あの子は自分でお金を稼いで、好きなものを買っている。あの子は夜遅くまで出歩いて、自分の知らない遊び方を知っている。

 それに比べて自分はどうだ。

 ただ親の言うことを聞いているだけ。押し付けられた正しさに従って生きているだけの――親の正しさの奴隷だ。

 そこに己の意思ない。

 そこに己の正しさはない。

 感じていた窮屈さはみるみるうちに肥大化して、いつの間にか、己の正しさを邪魔する障害となった。


 家で仮面を被るために、学校でも不自由に苛まれ、いよいよ精神に亀裂が走り始めたころ、ユズリハは同級生の間で流れている妙な噂を、そのとき初めて耳にした。

 ――この学校には、かつて在校生が命を落としたがために使用不可となり、そのまま放置されている空き教室が存在する。そこには亡くなった生徒の霊が取り付いており、今も苦しみを訴えているのだ――。


 ユズリハ自身は興味なかったが、この噂は学校内でかなり有名なものらしく、生徒の誰もが知っていて当たり前の内容だった。

 噂の知名度が高かったのは、誰かが死んだというセンセーショナルな一面もそうだが、流布するものがわずかに内容を改変していたということもあった。


 男の生徒が死んだというものもいれば、いや女の生徒だと主張するものもいた。はたまた生徒ではなく先生だと語る人も少なくなかった。

 空き教室の使われ方も、音楽室だったり普通の教室だったり保健室だったりと、人によって語る内容に違いがあった。

 こうしたわずかなズレが話題性となり、生徒たちの間で急速的に広まった。

 噂の発生自体はかなり昔のことだろうが、今での脈々と、ときに内容を改変されながら語り継がれていた。


 実際はどの噂にも大した根拠はない。面白がった誰かが話題として取り上げ、それを聞いた誰かがまた同じように扱う……結局は学生同士の話のネタでしかない。

 しかし、ユズリハだけは違った。

 彼女が耳にした噂は、「空き教室で祈ると願い事が叶う」というもの。

 自分を取り巻く環境に悩まされ、解消方法を模索していた彼女にとって、この噂はまさに現状打破の鍵になるかもしれないと思った。


 そう思ってからは、ことは滑らかに進んだ。

 空き教室の場所を特定すると、決行の日程を決めた。

 その日が訪れると、今度は先生に頼んで、鍵を借りることに成功した。

 もともと成績、素行ともに良好な生徒だったこともあってか、「誰も近寄りたがらない空き教室の清掃」を買って出ただけでこうも簡単に手に入るとは、自分でも驚きだった。


 中にさえ入ってしまえば、あとはこっちのものだった。

 茜さす教室の中には、埃をかぶった机と椅子がきちんと整列されてある。

 奥から二列目、前から三列目の椅子に座って、そこで五分もの間、願いを強く念じる。

 祈りを捧げている間は他の誰かに入られてはいけないので、しっかりと内側から施錠する。

 五分の祈りを終えたのち、教室を出る前には必ず一礼をしてから立ち去る。

 ……以上が祈りの手順である。


 もちろんこの方法にも確証はない。

 様々な噂のなかでも、最も信用性が高いと思われるものを選んだだけだ。

 だが、こんな簡単な手順を踏むだけで……それだけで己の願いが叶うかもしれないのだ。

 この日のために準備してきた。それを無駄にするつもりはない。


 ユズリハは手順通りの椅子に腰掛け、肘を机の上に置くと、手を顔の前で組みながら、瞼を下ろして静かに祈り始めた。

 しっかり施錠はしたものの、これから五分間は誰にも侵入されてはいけない。

 念のため先生には、少し時間がかかるかもしれないという旨は伝えている。

 ただでさえ誰も寄り付かないのだ。清掃活動にそれなりに時間がかかるというのは、先生たちも織り込み済みだろう。


 強く、強く祈る。

 ――己の正しさの証明を。

 両親の顔が頭に浮かぶ。

 ――何者にも縛られない自由を。

 祈っていると、いなくなってしまった友人の姿をぼんやりと思い出した――。


 そうして――ユズリハの儀式は無事終わった。

 何かが起きるわけでもなく、教室内は入ってきたときと同じように、しんと静まり返っていた。


 さて、用も済んだ。

 あとは帰るだけだ、と踵を返し、扉の前まで進めた足が唐突にピタリと止まった。

 ユズリハはその馬でゆっくりと振り返り、教室全体を見渡す。


 教卓の上、雪のように積もった埃。

 誰かに落書きされたのか、いい加減な消し方をされたままの黒板。

 それから、黒ずんだ汚れの付着した窓が目に入る。


 鍵を受け取ったときの己の発言が、頭の中で反響している。

 ……一度やると言った以上は、やり切るべきだ。ここで帰ってしまうのは、己の正しさを傷つける行為である。


 というわけで、ユズリハは教室の隅々までしっかりと掃除をした後、ヘトヘトになりながら帰路についた。


 ――ユズリハが頭が電池の形をした怪物に襲われたのは、それから四日後のことであった――。


 ちょっとした出来心だった。

 抑圧された環境への不満が爆発しただけの、学生らしい感情だった。

 けれど、そのせいで両親は今も病院で眠っている。

 そんなことを願ったわけじゃない。けれどこれは、間違いなく自分が引き起こしたことなのだ。

 そう、つまり己の罪とは、分不相応に自由を求めたことであり――。


「――あら? あらあらあら?」


 怪異がふと口を挟み、ユズリハの懺悔が中断される。

 顎に人差し指を当て、目線をやや天井に向けながら、何やら思案を巡らせている。

 いったいどういうつもりで割り込んできたのか、ユズリハにはまったく理解できない。


 もしや、消えたくないがための抵抗だろうか。

 このまま罪を認めてしまえば、あとは不要だと突き付けるだけで怪異は存在を維持できなくなる。

 そうさせないために、この方法に何か気になることや問題があるような素振りを見せて惑わせているのだ。きっとそうに違いない。


 咄嗟に開こうとした口に、そっと怪異の人差し指が触れた。勢いよく飛び出るはずだった言葉は喉の奥に逆戻りし、強引に静寂を強要される。

 怪異はユズリハの口が閉ざされるのを確認すると、人差し指を口元から離し、何度目かの笑みを浮かべた。

 細く薄い瞳の奥から感じるのは、見下し――ユズリハに対する、憐れみと軽蔑である。

 嫌な視線に気がつき、表情を険しくさせるユズリハに対し、怪異はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「人間というのは実に愚かよねえ。ええ、知ってたわ。知ってたけれど、いざこうしてそれを目の当たりにすると、わざわざ声に出したくもなっちゃうわ」


「なにそれ……私が愚かだって言いたいの……!?」


 さらに眉間に皺を寄せるユズリハに、怪異が続ける。


「その通り。あなたは自分を”正しい人”だと思っているみたいだけど……本当にそうなの?」


 覗き込むような視線が、心の奥に突き刺さり、無意識に後ずさってしまう。


「っ……そう、そうだよ。私は正しい、正しくなければいけない。だから自分の引き起こしたことだって、ちゃんと見つめて受け入れて、責任を取ろうとしてるの!」


 自然と語気が強くなる。不快感と苛立ちがないまぜになって、それが言葉に現れていた。

 これが正しい行いだ。

 何も間違っていない。間違っていないのだ。

 心の中で、言い聞かせるように繰り返す。

 しかし、それはもはや意味のない行為となりつつあった。


「……仕方がない、一つあなたの誤解を解いてあげましょうか」


 深いため息のあと、怪異はそう言って不敵な笑みを浮かべたまま、人差し指を己の頬に向ける。


「そう怖がらなくていいの。簡単な質問をするだけよ。危害を加えたりはしないわ」


 きつく睨みつけるユズリハに、怪異が諭すように言う。


「じゃあ早速。わたし――あなたによって生み出されたという怪異は、いつから存在していると思う?」


 問いの意味に、ユズリハはピンと来ていなかった。

 さっきの懺悔を聞いていれば誰だって正解することのできる、非常にイージーな問題。いや、そもそも問いとして成立していないとすら思った。


「いつからって……五日前に決まってるでしょ。私がこの教室を訪れて祈りをささげたのがちょうど五日前だもの」


 自信満々にそう答える。

 間違っているはずがない。そういう意識が態度とともに現れている。

 しかし怪異は、ユズリハの答えに対して首を横に振った。


「えっ……ど、どうして……!?」


 想像もしていなかった結果に、ユズリハが思わずたじろぐ。

 おかしい、そんなはずはない。

 少なくとも、覚えている限りはその答えで合っているはずだ。

 なのにどうして不正解に……?


 狼狽するユズリハの態度に、怪異は再び大きく息を吐いた。


「やっぱりあなたは何も覚えていないのね――それとも、の?」


 怪異の呆れたような口ぶりを、ユズリハはうまく呑み込めない。

 忘れてしまった?

 いったい何のことを?

 自分は何も忘れていないはずだ。なんせ最近起きた出来事なのだ。いくらなんでも忘れるはずだない。

 あれの言っていることが、まるで理解できない。


 そんなユズリハに、怪異はやれやれと肩をすくませながら言う。


「いいわ、教えてあげる。わたしが生み出されたのは、――あなたがまだ中学生だったころに、わたしという存在はこの世に生を得たの」


 怪異の言葉に、ユズリハはぴたりと固まった。

 二年前。

 ――二年前?

 蓋をされていたはずの記憶が、一気に脳内を駆け巡った。


小さな部屋。自分だけの箱庭。

目を閉じれば浮かんでくる、親友の困った顔。

彼女のために何か力になりたかった。けれど、中学生にできることなどたかが知れていた。

だから、せめて一人祈ったのだ。

彼女の不安の何もかもが、取り除かれることを願って。

 ――ユウコが正しくあれますように、と。

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ホワイトスカーレット かなね @Kanane_s

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