『令和の人斬り 《天誅》 生れ変った岡田以蔵』は、法も制度もあるはずの令和に「裁かれない悪」が残る、という問題提起から始まり、その根を幕末へ掘り下げていく。土佐の下士として生まれ、理不尽を飲み込むしかない世界で「剣だけが唯一の答えになる」過程が、説明ではなく体感として積み上がっていくのが強みだ。
具体的に刺さるのは、江戸の士学館での稽古だ。以蔵が相手を完璧に捉え、喉元に届く一太刀を作ったのに、試合は「そこまで」で止まる。止まったのは剣ではなく、ただの決まり事だと気づいた夜、武市瑞山に「この剣は本当に人を止める剣ですか」と問う場面がある。ここで作品の軸がはっきりする。勝つための剣ではなく、二度と刃を向けさせないための剣。理想の言葉と、血の現実の間に主人公を立たせることで、後の「天誅」が英雄譚にも犯罪譚にも寄り切らない緊張を生む。連載が進むほど、令和の側でその問いがどう回収されるのかが気になってくる。
幕末の志士、岡田以蔵を中心に幕末、令和と時を越えて、現代の悪に天誅を加えるお話です。幕末編ではあまりに有名な岡田以蔵の話が語られます。土佐、身分差別、理不尽な暴力。がんばって重用されるも危険すぎるとして処刑されるまでがなぞられます。そして彼は令和に蘇るのです。「次は本物の悪を斬る」その祈りにも似た最後の想いとともに。連続通り魔には「刀返し」を駆使し、また「下転馬脚斬り」をも再現します。そしてなんと捜査一課には斎藤、沖田、土方らの末裔が!さあ、これからどうなっていくのでしょうか。幕末ファンなら見逃せないお話です。ぜひみなさんもどうぞ
このお話は、岡田以蔵の幕末の頃の人生と、令和の時代に生まれ変わった岡田以蔵という、二つの時代の岡田以蔵を描いたストーリーです。
岡田以蔵という人物は、幕末の時代を描いたドラマなどでよく登場してきますが、その内面はよく想像ができませんでした。
このお話は、岡田以蔵本人の視点から描かれていますので、どうして「人斬り以蔵」となったのかが、少し推測ができました。
育った環境を作った者なのか、その環境によって屈折してしまった者なのか、それとも、それを利用しようとする者なのか、誰が一番悪いのか、ということを考えてもはっきりとは答えられませんが、時代の影に確かに存在していた人物の本当は、何か暗く重いものを心に残します。
令和に生まれ変わった岡田以蔵は、どういう人物なのか?ここからファンタジーの要素を含んでいます。
岡田以蔵という人物に興味のある方にお薦めいたします。