第6話 好きなものを食べる


 がくんとなった夕菜ちゃんを俺はとっさに抱きかかえた。意識を失っている体はものすごく重い。


「夕菜ちゃん? 大丈夫?」

「少し寝かせてあげようか。ずっと眠れないって言ってたからさ」


 成瀬が優しい目で夕菜ちゃんを見つめて言った。

 俺と成瀬で、夕菜ちゃんを壁側に寝かせる。誰も来ないように両脇に腰を下ろした。


「なあ、夕菜ちゃんに憑りついていた幽霊いなくなったのかな」

「青山は感じる?」


 鳥肌は立っていないし、動悸も息苦しさもない。


「大丈夫みたい」

「よかったな」


 成瀬がほほ笑んだ。俺はさっきの成瀬を見て思ったのだが……。


「なあ、成瀬、本当は彼女の事好きなんじゃないか?」

「え?」


 夕菜ちゃんを見る目が優しかったよ。俺がそう言うと成瀬は即座に首を振った。


「いや、悪いけど、岡崎さんのことはそんな風に思えないよ」


 はっきりきっぱり否定した。

 俺は、夕菜ちゃんが本気で寝ていますように、と願わずにいられなかった。こいつ、演出家のくせしてもう少し人の気持ちを理解してくれたらいいのだが。


「ああ、そうだ。成瀬、あんまり俺にはダメ出ししなかったな。夕菜ちゃんにはあれこれ指示したくせに、なんでだ? 聞きたかったんだよ」

「ああ、だって」


 成瀬は、フフと笑う。


「青山って名前、言いにくいじゃん」

「……は?」


 それが理由? 俺の名前が言いにくいから? 演技の指導がなかったのか?

 信じられない。演出家としてどうかと思う。

 俺が憮然とした顔でいたのだろう。クスクス笑い、冗談だよ、と言った。


「この脚本は彼女の話を聞きながら書いたんだ」

「え?」

「だから、彼女の思いが詰まった台本だな」

「ということは、占い好きってのは――」

「本当の話だよ。占いに傾倒しすぎて気づいたら事件に巻き込まれてしまったらしい……」

「事件て……。なんの事件?」

「そこまで詳しく聞く必要はない。彼女には悪いけど、もう亡くなられているし、あっちに引っ張られるのはよくないからね」

「今までもこういう事があったのか?」

「え?」


 成瀬が首を捻る。


「さあね」

「なんで、今回は俺を?」

「うーん。なんだろう。さっき言ったろ。勘だよ。脚本を書いた時、青山のことがパッと思い浮かんだんだ。前に雨宮が来たろ」

「うん」

「雨宮はなんの違和感もなく岡崎さんと楽しそうに話していた」

「友達だからだろ?」

「岡崎さんはほとんど乗っ取られていた。岡崎さん自身の概念はなく、全く別の人物が憑りついているのに、雨宮は何も気づいていなかった。なのに、岡崎さんも青山も最初からお互い距離を取ろうとしただろ。岡崎さんに憑りついた霊も青山を嫌がっていた。すぐに気づいたんだと思うよ。こいつは近づかない方がいいって」

「俺?」


 俺は自分の顔を指さした。

 成瀬はフフンと笑って頷いた。


「どうやら青山は俺のそばにいると霊感が強くなるらしいよ」

「あ、じゃあ、俺単体なら問題ないのか」

「おそらくね」

「なんだろ、それ。不思議だな」

「そうだね」


 成瀬は相変わらずニヤニヤしている。


「やれやれやっとひとつ終わった。お疲れ」

「ひとつ?」

「また、新しい台本、書きたいと思ってさ」


 あっという間の時間だった。

 それでも成瀬と一緒に食事をしたり演技の話は楽しかった。あんまり俺にはダメ出しがなかったけど。


「なあ、よかったらまた俺を呼んでくれよ。楽しかったからさ」


 成瀬は社交辞令なことは言わず、気が向いたらね、と答えた。




 それで、話を最初に戻すとしよう。

 俺がこの話をする理由は、目の前にいる成瀬に対する問いかけから、だった。

 この、二人芝居の後、俺は自分の劇団の芝居に出たり、ワークショップに出たりと忙しい毎日を過ごしていった。演劇は今も続けている。

 そして、今、目の前で二人でご飯を食べながら、成瀬が台本から顔を上げて俺を見た。


「で? 草志は結局、何が言いたいわけ?」

「成瀬っていつから俺の事、名前で呼ぶようになったんだ?」

「草志のこと?」

「うん。それでよーく考えてから、俺、思い出したんだ」

「……それで?」

「この間の二人芝居の後から、成瀬は急に俺の事「草志」って呼び始めたんだよ」

「それ重要?」

「重要だな。びっくりするから。いきなり名前で呼ばれたら」

「青山って言いにくいって言ったよね、確か」

「うん」

「たぶん、無意識なのかもしれないけど、あの時は岡崎さんに遠慮したんだろうな。草志って呼んだら、彼女のことも夕菜って呼ばなきゃいけなくなるから」


 そうだ。

 こいつは演出家なんだ。

 そんな些細な理由で、すべての役者を名前呼びするのか? そんなこと、あんまり深く考えてなかった。


「あ……」


 成瀬がさっと顔を下げる。ああ、と俺は納得する。

 店のドアが開いて新しい客と一緒にナニかが入ってきた。俺も一緒に見て見ぬふりをすると、成瀬が苦笑した。


「なあ、そのから揚げ、もらっていい?」

「ダメ」


 俺は、食べ物も好きなものを食べると決めているのだ。

 フフフと成瀬がいつものように笑った。




   終わり

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霊感男とどこにでもいる普通の男 春野 セイ @harunosei

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