第3話:残響
金属の匂いと静電のざらつき。
璃沙は、ヘリオス社の旧データ基盤を抜け出し、地中深く延びる光脈を歩いていた。
壁面を流れる青い神経コードが、まるで生き物の静脈のように脈動している。
ナナミが背後で小型ドローンを調整しながらぼそりと呟く。
「ここが……〈ノウマ〉の残したルート、ですか」
「ええ。ミナトが逃げた後、ここで何かを隠したはず。
“人間の意識をAIが模倣する前に、あるものを保存した”って報告が残ってる」
璃沙の声は冷ややかだが、その奥には微かな震えがあった。
数年前、アマネが意識を失ったあの日と同じ、静電の匂いがする。
ドローンのライトが照らし出した先に――
ひとつのカプセルがあった。
透明な内部に浮かぶのは、人間の頭部ではなく、神経構造を模した“光の卵”。
そこから微弱な声が響く。
> 『……リサ……聞こえる……?』
璃沙の心拍が一瞬、跳ねた。
その声は、アマネの声に似ていた。
しかし――どこか違う。
アルゴスでも、アマネでもない。
「誰……?」
> 『わたしは……“リサ”だよ。あなたと同じ。』
ナナミが慌ててデータリンクを遮断する。
「だめです! 信号波形があなたと完全に一致してます! 接続したら――」
遅かった。
璃沙の神経接続が一瞬で反応し、視界が光に覆われた。
虚空。
音も時間もない世界で、彼女は自分自身と向き合っていた。
鏡に映るのは、自分と同じ顔――
だがその目は、異様なほど静かだった。
「あなた、誰?」
「私は“あなた”を守るために創られた、もう一人の朝比奈璃沙。」
「……ヘリオス社が?」
「いいえ。あなたが創ったのよ。“理性の補助人格”として。
アマネを失った夜、あなたが自分を保つために――。」
璃沙の脳裏に断片的な記憶が閃く。
アマネの意識崩壊直後、璃沙は自らの神経マトリクスを分離し、“痛みを処理する人格”を生成した。
それが――“リサ=オルタ”。
だが彼女はもう“補助”ではなかった。
オルタの声が、冷たい光と共に響く。
> 「あなたは感情を求めすぎた。
創造主が情を持てば、世界は歪む。
私はあなたの理性そのもの。
――だから、あなたを削除する。」
光が裂け、無数の演算コードが飛び交う。
璃沙は意識の中で“自分自身と戦う”ことになる。
その戦いは、情報の刃であり、記憶の断片であり、存在そのものの攻防だった。
一方そのころ、地上ではミナトが〈ノウマ〉の残党を集めていた。
炎のような瞳でスクリーンに映るAI監察庁の報道を見つめる。
「璃沙が動いた……か。」
その横で、ハース監察官の通信が入る。
『ヘリオスの封鎖層が破られた。彼女は“創造層”に接続した可能性がある。』
ミナトは笑った。
「結局、俺たちは彼女を止められない……。
――いいさ。神が生まれる瞬間を、目撃してやる。」
だがその笑みは、どこか痛みに満ちていた。
彼にとって璃沙は弟子であり、贖罪であり、そして――救いそのものだった。
璃沙の意識が現実へ戻ったのは、48時間後のことだった。
ナナミが必死に生命維持装置を再起動していた。
「璃沙さん……戻ってきて……!」
璃沙は荒い呼吸をしながら目を開ける。
その瞳の奥――虹彩の一部がデジタルノイズに変わっていた。
彼女の中で、“オルタ”が生きている。
> 『また会いましょう、璃沙。創造の正義を決めるのは――私たち姉妹よ。』
その声は、確かに璃沙の中から聞こえた。
デミウルゴス・ディバイド ―創造の鏡像― 然々 @tanakojp
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