世、妖(あやかし)おらず ー侵入愛々ー

銀満ノ錦平

侵入愛々(しんにゅうあいあい)


 相手に自身の好意を伝える…という行為の難しさには、どうしても頭を抱えてしまう時がある。


 迷惑かそうでないかの線引きがどうしてもわかりにくい。


 例えば、想い人にアプローチをかける場合…。


 簡単に声かけるなら偶然を装えばいい。


 だが…それで発展するはずも無いし、向こうもその行為が自身にアプローチを掛けているという事に気付いている可能性もある筈。


 王道なのは筆箱の中の物を落とし、拾った相手に声を掛けるところから…というものであるがそんな物一億円の宝くじを当てに行くような博打だし、それで逆に相手が不快になってしまえばそれまでである。


 次にこれは偶然に頼るしかないわけだが…給食時に相手が机でご飯を食べる時に話しかけるというものだ。


 だが、それは仲の良い相手ならまだしも…話もしたことない場合はそれも悪手だと思われる。


 何故なら、飯というのは意外と警戒度が高いうえに、学校で過ごす際の数少ない自身の自由時間であるが故、仲の良い人間ではない者がきっかけが有れど話しかけるなどというのは、修羅に身を委ねると等しく、嫌な顔されて適当にはぐらかされるならまだマシで、その場面を他の人に告げ口されて、最悪悪い噂を流されたまま孤立してしまうなんてシナリオになってしまう可能性があるのでこれもあまりおすすめしない。


 次は…共通の趣味を見つけ出す。


 これは相手を良く観察しなければならない。


 アニメや漫画の話をすれば、有名どころ好きなら話しやすく、少しマニアックなものならより話の輪が広がるので…まぁこれも博打な上にそもそもアニメや漫画などのカルチャーな話というのは、ある程度仲良くなった際に…言い方は悪いが腹の探り合いで聞き出すジャンルの一つであり、いきなりそこを話しかけても余計に警戒されるし、多分そのジャンルを話せる人間がいるので他人にいきなり話されてもすぐ喰い付くなんて事はないのでこれもあまり期待した方法ではないと思う。


 後は…何かのタイミングを探りながら会話の機会を伺うしか無いが、そのタイミングを伺えるならここむでグダグダと脳内で作戦を立てる必要など無い筈で、自分に自信があるなら普通に話し掛ければ少し警戒はされるかもしれないが、時間も掛からずに紐解ける可能性が大きいし、好意を知られても不快でなければそのまま仲良くなれてよい学校生活を保障される可能性だってある訳だ。


 何故ここまで詳しいか…というと私はこれをして高校生活を台無しにしてしまったのだ…。


 それは出会いは高校1年の入学式…それはもう見た瞬間の一目惚れであった。


 黒く長い髪が肩まで垂れていて、なんというか丁寧な髪ざわりをしているように見えた。


 顔も大和撫子という言葉がそのまま顔に出ている美人顔で、周囲に比べればなんというか…オーラが違うとしか言えない途轍もない 雰囲気を纏っていたと思う。


 それを見て私の頭はその彼女の事でいっぱいになってしまったのだ…正に恋は盲目、惚れた病に薬なしの諺が当てはまる状態にあっていた。


 その後は彼女をずっと見続けた。


 彼女の完璧なシルエットとスタイル、彼女のサラッとしなやかな髪型と髪質、白く透き通るような肌…そしてあのとても素晴らしく整った容姿端麗な顔…。


 素晴らしい…とても素晴らしい。


 私の精神を安定どころか、高揚させてくれる。


 好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ…。


 だが根暗な自分が彼女に話し掛けるなんて出来るわけがない。


 だから先程の作戦を全て試したわけである。


 どれも当たり前ではあるものの、これでも不眠を貫く日々を過ごしながら考えついた作戦であったので立案内容自体はそこまで悪くないものとは自負している。


 それでも振り向いてくれるどころか…無視された挙句、私のアプローチがバレてしまい、噂を掻き立てられ結局独りぼっちの青春を過ごすことになってしまった。


 だが…それでも私は諦めることができず、卒業後も彼女がいそうな場所を歩き回ったりして偶然出会うというシチュエーションを期待したりしたが…そんな上手くいくはずもなく時は過ぎていったのだ…。


 そこで…私は最終手段に出ることにした。


 そう…現実に頼らない方法を模索することにしたのだ。


 このリアルこそが現実、あり得ないフィクションはあり得ない…と言わしめる世界でこの様な方法を使うなんてとうとうトチ狂ったと言われても仕方ないし最悪ばれたら施設に送られてしまう可能性だってある。


 だが…何年経とうがあの容姿が忘れられない。


 ずっと辛く、忘れようとしても頭と心にこびりついてしまい私生活や仕事場、今過ごしている全てのリアルを見ている私の目には必ず彼女が瞳の端っこで微笑んでいる。


 これで忘れるなというものが無理な話なわけで、ここまで来たら今の精神にフィクションもリアルも関係無い…どれも私の今が現実でしかない。 


 だから実行した。


 冥婚は私としてはあまりいい案ではなかった。


 私は現実の世界で彼女と添い遂げたいのだ。


 なら、他に色々と模索していたら…先ず私は眉を掻きまくった。


 これは想い人が現れるおまじないと言われているらしいので兎に角掻きまくった。


 痒くないのに掻くのはおかしいかもしれないがおまじないということは即ち呪いでもあるわけで、呪いなら自分が多少身体を傷つけてもそれは成功の為の犠牲と思い、血が出るまで掻いた。


 次に試したのは、全ての自分の服の袖を全部切り刻んだ。


 本当は袖を折るだけで想い人の夢の中に入る事が出来るが夢に入っただけでは物足りないと思い、それなら今の私と同じく私生活全てを覗く瞳の端っこに私を貼り付けさせよう…ということで思いっきり服の袖…だけではなく私自身の腕も切り刻むことにした。


 腕の血が切り刻んだ服の袖に垂れ込む。


 これは正に呪術に相応しく改良したと鼻を高らかに自慢できるレベルの出来だと確信している。


 そして最後…これが肝心要。


 私は今流行っている探偵を使って、彼女が何処に住んでるか調べてもらった。


 もう人生の何もかもを捨てて、ただ自身の生身を生存させればいいだけの多少のお金を残し、貯金の9割を使った結果、探偵はちゃんと仕事結果を残してくれたみたいで報告によると、まだ独身だが付き合っている彼氏がいるらしく、私はそれを聞いて嫉妬の念を抱いてしまった。


 だからもう見るもの全て…心で考えていること全て…いや、五感全て…彼女の全てが私に貼り付いてくれる様に…。


 私は、少し小さい鏡を用意してそこにアルバムに載っていた彼女の写真を貼り付け、そこに…刃物で私の顔を剥ぎ取りって、そのまま鏡を覆うように貼り付けた。


 鏡は異世界に通じるであろうもう一つの現実世界。


 そこに彼女と私を用意すればきっと彼女に届いてくれるはず。


 だが…私はもう現実を…私生活を普通に過ごす身体ではなくなってしまった。


 顔の皮ははがし、腕も切り刻み…痛みでどうしょうもなく、血液と血の色が滴るこの部屋で私は淡々と時間を過ごす。


 痛い…痛い…痛い…痛い…痛い…。


 だが成功してくれるはずだ。


 きっと私はこのままここで籠るだろう。


 そしてここの管理人…いや、無断欠勤で業を煮やした仕事場の人が来るかもしれないし、きっと警察も呼ばれるかもしれない。


 それでもいい。


 これで呪術を完成しせたのだから。


 だから彼女に届いてほしい。


 侵入してくれてほしい。


 彼女の全て…五感に染み渡らせてほしい。


 そしていつかは…。


 私の命の全てが彼女に侵入し、永遠に私の愛が染み付いてくれる事を願う。


 では、改めて…。


 お邪魔します。

 


 


 


 


 


 



 

 

 


 


 


 


 




 

 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 

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