謀略テアトル

夜野 舞斗

推理映画は見たくない

 自身が愛読している小説が映画化。となれば、僕は暇つぶしに見に行こうと考える派である。

 役者や監督がどのように物語を解釈し、演じていくのかが気になるのだ。

 子供向きのアニメ映画でもないから、子供が喋っていたり走ったりもなし。一人でじっくり物語に集中できる。

 ずっとそう思っていたのだが。


「はい……あーん」

「あーん!」

「美味しい?」

「うん!」


 僕は人がいない時間を見繕ったつもりだった。昨日、予約サイトで誰もいないことを確認し、今日なら大丈夫だと思って購入した。

 そのはずなのに。

 どうして僕を間にしてカップルが予約しているのであろうか。出口の方に女、奥の方に男が座っている。

 映画館はがら空きなのだから、別に違う席でも良かったはず。僕が特別見やすい後ろを選んでいる訳でもない。

 何故人がいるところを狙っているのか。何故、映画館で映画ではなく男のにやけ面を見ないといけないのか。何故、僕の前で手を繋ごうとしているのか。

 「僕がいるのが見えていないのか!? いや、見えてなかったら……僕の上に座ってるはずだけども……」と頭の中で何度も疑問を重ねていく。

 僕のいる席がそこまで座りたかった席なのであろうか。どちらかが記念か何かで必ず座りたい席だった。そこを僕が偶然取ってしまったとか。

 動きたかったのであれば、と思ったが。

 前でチュロスなんて甘いお菓子の棒が出ているおかげで前に出れない。まぶされた甘い粉がこちらの目まで散らばる始末。


「はい! もう一口! あーん!」


 そのせいで全く目の前で上映している映画に集中できない。折角のラブシーンが最悪だ。

 男に関してはアイマスクをし始めている。映画に興味がないのだろうか。

 だったら、今日でなくても別に良かったではないか。


「何で僕の……見る日に限って……見せつけのつもりかよ……」

「ん?」

「あっ、いや……」


 非常に気まずい。

 僕はすぐさま別の場所に移ろうかと考える。しかし、買ってしまった大きめのキャラメルポップコーンとホットコーヒーを持って動くのには目立ちすぎる。

 ガサゴソ動くのは他の人にとって、迷惑極まりない。

 この際、ポップコーンは諦めてそのまま置いていくか。なんてことを考えもしたが。

 流石に高校生からしたら高い値段のポップコーンを放置するのも気が引けた。仕方がないから、トイレで一旦休憩しよう。


「トイレに行きたいので、すみません……」

「あっ、はい……」


 進もうとしていたところ、女性の方が耳元でささやいてきた。「早く帰ってきてくださいね」と。

 最初は不思議だったものの、だいたい見えてきた。

 二人の関係は公に言えないもの、だ。

 映画館の中でわざと僕を挟むことによって、関係性が分からないようにしていたのだろう。

 男がわざわざアイマスクをしていたのも、簡単。顔を隠すためだ。映画館。覆面なんかだと異様に怪しまれるが。アイマスクならば、分かる。分かるけれども、何か悲しい。自分の好きな小説の映画で寝ようなんて考える輩がいることが。

 とにかく、暗い映画館の中で人の顔をじっくり見ようなんて人もいないし、そもそも判別ができない。

 密会デートだろう。

 不倫か、それとも許されざる恋か。

 考えている合間に、スマートフォンが震えていた。


『おーい! 氷河!』

「どうしたんだよ……美伊子。映画見るって言ってたろ。たまたまトイレに来てたからいいものの」


 幼馴染からのもの。実際、映画には全く集中できていない。実は美伊子と話している方が安心するような気がしてしまった。

 ただ、そんな彼女の声が暗い。


『いや……実は……ね。氷河がいた映画館の近くで宝石盗難事件が起きたみたいでさ! 怪しい二人組を私や警官が探してるけど、見つからなくって』

「事件のことかよ……映画見てるんだけど……」

『分かってるけど、耳に入れといてって話! 1カラットのダイヤモンドが盗まれたとか』

「美伊子は自分から介入してったんだろ。いつものように」

『だって、宝石ショップがざわざわしてたら、気になるでしょー? 覆面だから顔とか性別は分からないんだけどね……別に手荒なことはなかったみたいだけど、やっぱ泥棒は許せないからね』


 こちらは二人組のカップルのデートに巻き込まれて大変だって言うのに。

 再び戻っていくものの。隣の男が眠り出したものだから、もういびきが騒がしくて。映画に集中できない。できれば、映画館から放り出したいものであるのだが。

 女性の方は笑うシーンでないところで時折クスッとしているのが見えた。主人公が別れ話をしている最中だ。絶対感性がおかしい。

 もう後はポップコーンを食べてうさ晴らしをするしかないと。口に入れていくのだが。女性の腕がぶつかり、カップが倒れていく。中身が辺りに落としてしまった。


「あっ、ごめんなさい。買い直しますか?」

「……別にいいです……」

「こっちで集めときますね……!」


 こうなっても男の方は未だ眠ったまま。

 僕はコーヒーを一気に飲み干していく。隣でこちらに何度も頭を下げていても、こちらの鬱憤が変わることはない。

 もう最悪な状況だ。

 一番面白いと思われていた状況。主人公がサプライズで結婚のプロポーズをして逆転するところだったのに。

 おちおち楽しむこともできない。

 不満をぶちまけようとした瞬間だ。


「あっ……」


 更に最悪な気分へと浸ることとなった。

 どうやら僕は探偵にならないといけないらしいと気付いたから、だ。

 今の話で完全に気付いてしまった。

 この二人が宝石窃盗犯ではないか、と。


「そういうことか……」

「どうしたの?」


 突如喋り始めたら、驚くところであろう。


「……いや。この3番シアターで警察をやり過ごそうだなんてな」

「だから、何のこと?」

「この配列……きっと一人の客がいる場所を狙ったんですよね。こうしていれば、二人組の窃盗犯には見えないですし……そもそも事件を起こした後に映画をゆっくり見ようとする犯罪者なんて普通はいないですから……」


 お相手の表情が引きつった気がする。それと同時に前の映画の中では殴り合いが始まっていた。原作にはこんな状況はなかった気がすると驚いている合間にも女性が睨んできた。

 こちらはこちらで一色触発の状態だ。言葉を間違えれば、映画と同じ状況になりそうだ。

 心の中がハラハラな状況で話が進んでいく。


「だからわざとこの席を取ったんだな……」

「……じゃあ、何よ。隣の男はそんな状況で寝てるって言うの?」


 そこに関して少し引っ掛かっていたのだが。映画の内容でハッとした。

 プロポーズ。


「もしかして……捕まった際には僕と組んでいたとでも言うつもりだったんだろうな。僕とその男が捕まっている間に貴方は宝石の半分を持って逃げるつもりだったんだと思う。男は留置所から出てきたら結婚してやるとでも言ってね。その約束を守る気があるのかどうかは定かじゃないが」

「……何よ何よ! 勝手に話を進めちゃって……!」


 興奮してきたから前に手を出した。


「お静かに」

「何よ……証拠も人もいないのに!」


 証拠も同じだ。

 小説での主人公のサプライズ。それはケーキの中に指輪を入れることだった。

 映画の中ではシュークリームだったのだが。

 それはさておき。食べ物の中に指輪。

 ならばポップコーンの中に。


「ポップコーンの中に砕いたダイヤを入れることは可能でしょう……割った貴方達なら分かるだろうが……ダイヤは場所を選べばちゃんと割れるんだ。割った後での隠し場所……それが僕の持ってたポップコーンだったんじゃないか?」


 僕は彼女が足で寄せていたポップコーンをひとつかみ。そして相手に見せつけた。

 ポップコーンの硬い種が入っているところに一つ。キラリと光るものが入り込んでいる。


「い、いや……それは……!」

「僕がポップコーンを買うかどうかは懸けだったんだろうな。買わなければ、僕を共犯に見せかける作戦はなしで自分達が買った食べ物だったり何処かに隠すとかしてただろうし……」

「アンタ……」

「まぁ、僕がトイレをしている隙に食べ物か飲み物に入れたんだろ? 僕の前でチュロスを伸ばしたり……チュロスは砂糖がまぶしてあるからな……こっちの気を引いている隙に利尿剤か、下剤か何かを仕込むことも可能だし。映画館という特別な場所だからできることだな」

「アンタ……なんなの!?」


 僕は言ってやる。


「虎川氷河。ただ自分の身に降りかかった火の粉を払いのけただけだ」


 危うく窃盗犯にされるところだったのだ。

 今の表現に間違いはないだろう。


「ほら、もう映画が終わる……事件のことを探していた探偵と中継が繋がってる……」


 パッと明るくなると共に黒髪美少女が飛んできた。美伊子、だ。その後ろには警官が何人か。

 男がアイマスクを外した瞬間、僕を急いで人質に取ろうとしていたのだが。

 僕は体を前に投げ出して、席を飛び越えた。

 男は前の席に頭をぶつけ、「いたた」となっている間に取り押さえられ。女性は逃げもできない状況に対し、素直に罪を認めていた。

 他の客は最後の最後で唖然としている状況。映画のラストの後に更にとんでもない結末を見るとは思っていなかっただろうから。


「氷河……映画、どうだった?」


 結局、ほぼ映画には集中できなかったのだ。

 感想は一つしかない。


「いや、最悪だったよ。もう一回見てくる。まだ全然大事なところ、見れてなかったから」

「えっ? じゃ、私も行く!」


 美伊子ともう一回映画を見れるのなら、良いかと思ってしまった。そんな軽薄で迂闊な選択が最悪だった。


「ぐ……ぐぐぐ……シュークリームに入ってた指輪に毒が入っていただなんて」

「こうすれば、犯罪はバレない……くくくくく」


 美伊子曰く「監督がミステリー好きで結構改変したらしいね」と。

 僕曰く「最低だ。最悪な映画に二回も金を無駄にした」と。

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