最終話 王位

カミュラ姉さまへ


 お元気でいらっしゃいますか?

 そちらの気候は、もうだいぶ涼しくなってきた頃でしょうか。

 体調に変わりはありませんか。


 僕が地底のドルナーグに来て、どれほどの月日が流れたのか……。

 あまりに濃密な日々だったからか、自分が今何歳なのかも、分からなくなってしまいそうです。


 この国は、地上では想像もできないほど暗く、静かな場所でした。

 でも今では少しずつ、朝と夜の区切りが生まれ、時の流れを感じられるようになってきています。

 ようやく芸術や音楽も芽吹き始めました。

 きっとそのうち、どこの国よりも繊細なものを生み出すようになると、僕は信じています。


 あのとき、姉さまが背中を押してくれなかったら──今の僕は、ありませんでした。

 何の憂いもなくこの国に尽くそうと思えたのは、知のナランサスに姉さまとルナールがいてくれたからです。


 きっと、そちらも麗しく再建されていることでしょう。


 ……そうそう。

 近々、そちらへお伺いすることになりそうです。

 昨日、正式に知らされたのですが──この国の王が、その座を譲ることになりました。


 新しい王となるのは──ダランです。


 彼はそれを、どこか照れくさそうに報告してくれました。

 でも僕には、分かっていました。

 彼がどれほどの覚悟をもって、この国の“これから”を引き受けようとしているのかを。


 どうか、いつか。

 姉さまも遊びに来てください。

 きっと地上に比べれば暗くて狭いと思うでしょう。

 けれど──優しい人々が暮らす、美しい国です。


 


「……ソレル様」


 扉の向こうから、侍女の声がかかる。

 机の上にペンを置き、ソレルはそっと立ち上がった。


 白い外套の裾を整えながら、回廊を進む。

 石造りの壁には、ソレルレンズのやわらかな光が満ちていた。


 その先に──彼がいた。


 深い黒の礼服に身を包み、王冠を戴いたダラン。

 その立ち姿は、いつにも増して美しく、威厳を帯びていた。


 ほんの一瞬、胸が高鳴る。

 息を整え、一歩、もう一歩と近づいていく。


 自分は女性ではない。

 当然のように“王妃”ではないはずだ。

 けれど、“王妃”以外の言葉がまだ存在していないせいで、今の僕の立場は、その名で呼ばれている。


 それでも──

 この国の“王の隣”に立つのは、男である自分なのだと。

 胸を張って、そう言える。

 そして、誰ひとりとして、それを疑う者はいなかった。


 そっと差し出されたダランの手を取り、微笑む。

 すると、彼が言った。


「では、行こうか」


 その言葉に頷き、二人で扉の前に並ぶ。

 扉が、ゆっくりと開かれていく──


 


 ──その向こうから、歓声が聞こえる。


 


 光が、降り注ぐようだった。

 人々が白い両手を掲げて喜ぶ姿は、まるで咲き誇る花のようで、美しかった。


 その中央に、ダランとソレルが肩を並べて立つ。


 これほど美しい光景を、僕は──一生、忘れないだろう。


 そっと隣に立つダランを見やると、彼もまた、こちらを見つめていた。


 そして、ゆっくりと彼の手が動く。


 二度、胸を叩いたその手が、僕の方へと伸ばされる。


 ──愛してる。


 それは、言葉ではなく、手で伝える想い。

 きっとこれからも未来永劫──この国に受け継がれていく、大切な文化であり続けるだろう。


 


──fin.

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灰眼の王と、仮初めの花嫁 たぬ基地 @tanu-kichi

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