第28話

「い……いた、中尉ぃ、戦死なされたのかと……」

 ロビン少尉は鼻水を出しながら言った。

「鼻水は拭いてけ。少尉、凍ったら面倒だ」

「は、はいぃぃ」

 布を探す少尉をさておき、かの子軍曹を見る。

「第二、第四小隊はどうだ」

「全員がおります」

「それはまたすごいな。何があったんだい?」

 尋ねるとかの子軍曹が半歩引いた。獣人には分かりかねる政治に関する案件だったのか、人間……ロビン少尉に説明を任せるらしい。

「だ、大隊長が命じられたのです。脱出して中尉を探せと」

「大隊長が?」

 火のあるところに案内しつつ、どもり癖のせいでつっかえがちがロビン少尉から話を聞く。

「だだだ、大隊がそろそろ出発というところで、敵が全然違う方向から姿を見せたんです」

「やはりそうだったか……」

 本隊の先触れとして動く尖兵だと思っていたが、そうではなかった。別動隊だったのだろう。敵は二手に分かれていたというわけだ。なんらか、敵に事情があって分離進軍していたらしい。戦力の集中という原則があるから、そこから外れた行為には、なんらか事情があるはずだ。ただロビン少尉の話だけではその事情を窺い知ることはできない。普通に考えれば補給路なのだろうが。細い補給路では全部を養えないから分離進軍せざるをえないというのは、よくある。

 その場合、敵は勇者が通ったと思われる隧道以外にも同じようなものを見つけた、という話になる。道が複数あるということはそれだけ補給を太くできるわけで、こちらにとっては都合が悪い。

「なるほど、それでどうなったんだ」

「てて、敵は街など一瞬で破壊しそうな数でした。ほ、砲すら持っておりました」

 通常編成の歩兵大隊では歩兵砲、通称大隊砲を装備している。うちの軍だと一個大隊につき二門が標準だ。砲すら持っていたというのは我が国境警備隊との比較の話で、別段驚くほどの話でもない。とはいえ、どうやってか、狭い隧道を通って砲と弾薬を運搬できたと思えばすごいはすごい。大変だったろうに、よくやる。

 逆か。砲の輸送目途が立ったから戦争を始めたとか、そういうものかもしれない。

 いずれにせよ。数で負けているうえに火砲で一方的に攻撃されるような状況ができてしまったわけだ。絶望的、ともいう。

「大隊長は大砲が並んでいるのを確認した後、即座に降伏を決めました」

「なるほど。まあ妥当な判断だな」

「そ、そうなんですか」

 ロビン少尉は目を回さんばかりだ。俺は士官学校でこいつは何を学んだのか、そっちのほうが気になった。

 まあいい。

「交戦する目的が民間人の保護、もっというと子供たちの脱出だった以上、それがかなわないなら戦う意味がない。抗戦しないほうがまだ民間人への被害が少ないかもしれない」

「よよ、横で聞いていただけですが、確かに大隊長もそう言っておられました!」

 聞いていてさっきびっくりしていたお前の方がびっくりだよ。いや、いいんだが、正直ワイベスヘルよりずっといい。

「経緯はわかった。しかし、なんでまた少尉は反対側から来たんだ?」

「ははは、はい。順を追って説明しますと、まず降伏前に大隊長に伝令を頼まれまして。ゼフィール中尉にこれ以上の交戦は無用と伝えてほしいと。また私信として詫びておいてくれと」

「なるほど」

 仕方なかったとはいえ結果としては俺の中隊だけが無謀な命の危険にさらされたわけだから、個人として詫びを入れるのは個人での付き合いを重視していた大隊長らしい心遣いと言えるだろう。

「そ、それで我が小隊は脱出したのですが、とんと中隊長がどこに行かれたのか分からず……」

 練度不足というか、なんというか。ロビン少尉の第二小隊は一緒に組んでいたかの子軍曹率いる第四小隊……つまるところ獣人たちに追跡や偵察などに大きく依存していた。このため単独行動になった瞬間、馬脚を露すはめになってしまった。

「それでよく合流できたな」

「お、お恥ずかしい話ですが、かの子軍曹に合流すれば中尉を探すことができると考えまして、川沿いに南下したのです」

「なる、ほど」

 随分ななつかれようだなとかの子軍曹を見る。今頃気づいてしまったが、ロビン少尉との距離感が妙に近い。なるほど。いつのまにか男女の関係というか、ロビン少尉は誑し込まれていたんだな。かの子軍曹が頼りないロビン少尉をかいがいしく世話をした結果、下半身まで面倒を見ることになっていたのだろうということは容易に想像できる。

「それで合流できたわけだ」

「はい。話を聞いて即座に取って返し、中尉なら生き延びて川沿いに南下されるだろうと捜索を続けておりました」

 かの子軍曹はそう言って敬礼した。

 なるほど、話を聞けばもっともらしいが、臆病な鹿人としては交戦地域に深く入り込みたくはなかったんだろう。それで川沿いの捜索に切り替えていたと。

 これ以上の交戦は不要という伝令の役には全く立っていないが、怒る気にはなれなかった。ワイベスヘルよりはましだ。と自分に言い聞かせる。本当にマシなのかとちらりと思わなくもないが、士気の低い部隊を独立行動させたらこうなる、ということなんだろう。これも教訓というか戦訓だ。

 そもそも、少尉が小隊を率いるという今の編成方針が良くないのかもしれない。いうて着任から一年未満というのは昔ならさておき、銃器による火力が増大し、それに伴って分散が増え、結果小隊長に求められる判断が高度化しつつある現代においては荷が重すぎる可能性がある。

 少尉が小隊、中尉が中隊、大尉が大隊を指揮するという分かりやすい構図が今後は崩れるかもしれない。具体的には中尉が小隊を指揮するのが普通になるかもしれない。現役の中尉である俺から見たら格落ちというか降格みたいな感じがして嫌な感じだが、今の少尉たちのような状況は減るだろう。もっとも、国境警備隊の少尉だけが出来が悪い可能性は十分にある。

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書籍化決定:シートン動物戦記 芝村裕吏 @sivamura

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