第27話 良く聞いてほしい

 いやー、毎日獣人と付き合ってるんだが、それでも驚くことばかりだ。毎度種族同士のその溝の深さに、びっくりする。

「いいかい、麦姫兵長、いや麦姫くん」

「なんで言い換えるんですが?」

 半泣きの麦姫兵長は不思議そうな顔をしている。そこからかー。

「まず人間の風習というか、基準でいうと、仕事や軍務では階級をつけて呼ぶのが普通だ」

「つまり仕事でなければ、階級をつけないんですね」

「そうだな。とはいえ、関係性次第というところもある。あまり関係が深くもないのに軍務じゃないからと階級を外して呼ぶと、相手を不快に思わせることがある」

 麦姫兵長は真剣そうに頷いている。なんでか虎次郎軍曹がその後ろでそうだったのかと目を見開いているのが面白かったというか、面白がるしかないような感じだった。

 つまりはあれだ。下士官の中の下士官とも言えるレベルの虎次郎軍曹でも、人間社会への理解はそんなもんだ。というわけだ。

「人間には謎ルールが多すぎます」

「ルール。古代アルバ語だな。意味は?」

「法則です」

 人間には謎の法則が多い。なるほど。呼び方一つでも、獣人からすれば理不尽というか良くわからない要求を軍は押し付けていることになるんだな。説明しないでも分かれ、というものが、獣人にはそれが大層難しく、理不尽に思えるのだろう。

 なるほどなあ。勉強になる。いや、今こういう状況で学んでどうするというこの感じは、戦争に似てるな。今頃、という段になって、大量の学びがある。

 ともあれだ。

 見目麗しい年下の女性に言い寄られて心が動かないほど、俺も人間はできていなかった。冷静になろう。

 麦姫兵長が噛みつかんばかりという顔で近づいた。

「冷静になってどうするんですか!」

「口に出してたか?」

「それくらい匂いで分かります」

「すごい嗅覚だな」

 この嗅覚のせいで地図を読めない、という部分もあるんだろう。視覚から考えるということができない。つい嗅覚から考えてしまう。

 人間の普通は獣人の普通ではない。それはそう。逆も然り。

 戦争に活かせそうだなとちらりと思ったら、麦姫兵長が牙を見せた。あやうく噛みつかれるところだった。涙目の麦姫兵長は蠱惑的な顔をしている。これ、発情している?

「していますが、なにか」

「落ち着け、いや落ち着きなさい」

 そもそもみんな見ている。そんな中でおっぱじめる趣味も、言い寄る娘さんの相手をする趣味もない。大丈夫大丈夫と良くわからない言い訳をして脱出……見回りをすると言い残して焚き火から離れた。寒いの、なんのって。

 彼女の中で何が起こったのか。何がどうなって彼女は盛り上がったんだろう。

 寒さだけでなく震えが来るな。初体験とその後の事を思い出して、無表情になってしまう。悲しみと苦しみが俺の長靴を握って引っ張っているような感覚だ。これをどうにかするには、戦争に没頭するしかない。我ながら最低だ。だが確実な方法ではある。

 麦姫兵長は追って来なかった。助かった。

 そう思っていたら歩哨に立っていた猫科の……真っ黒な猫人が近づいてきた。豹人かもしれない。鼻が立派だ。

「中尉殿、鹿人が近づいております。他に人間」

「んん?」

 敵に獣人が見当たらなかった事を考えれば、味方なんだろう。国境警備隊の面々を思えばかの子軍曹を思い浮かべるのだが。

「鹿人のくる方向は分かるか」

「こちらです」

「敵に占領された街とは反対側からだな。臆病な鹿人が寄ってくるんだから敵ってこともあるまい。一応警戒を」

「既に警戒しております」

 俺には視えなかっただけで、あちらこちらに猫科の獣人がいた。さすが夜行性の狩人たちだ。俺なら至近距離になるまで分からんで食われてしまうな。これで昼間は怠け者扱いで軍の評価は最低という。どれだけ軍の人事評価が間違っているか分かる。

 こちらから声をかけようかとしたら、向こうの方から呼びかけの声があった。

「せ……ゼフィール中尉はいらっしゃいますかぁー」

 半泣きの声だった。

「ロビン少尉か!?」

 俺はそう言いながら猫人たちに手で警戒を怠るなと示した。運動嫌いの臆病なロビン少尉が、脅されている可能性がある。

「警戒されないでも大丈夫です。私もいます」

 かの子軍曹の声。

「そうか、じゃあ大丈夫そうだな」

 横で構えていた黒猫人だか黒豹人だかが失笑した。緑色の目が合う。

「なにか面白いことがあったか」

「人間よりかの子軍曹の言うことの方を信じておられるようでしたので……」

 同族よりも獣人を信用しているというのが面白かったらしい。かの子軍曹は獣人という立場上、脅されてどうこうという可能性が低いからなのだが、まあいいかと無視した。実際、それほど差があるわけでもない。

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