第5話 反社組長の長女は広いつながりをもっていた

 静奈は結衣の話を続けた。

 千尋はただ黙ってドラマを見るように静奈の話を聞いていた。

「私は田代さんとは、小学校六年のとき同じクラスだっただけで、卒業してからはまったくつきあいどころか、会ったことすらもなかったわ。

 でも一度、田代さんに会ってみたいな」

 静奈は答えた。

「それじゃあ、今度私がバイトすることになったアカデミッククラブふたばやにいらっしゃいよ。

 初回はチャージ料四千円。まあボトルを入れると四万円になるけどね。

 この四という数字は、フロアレディーも客も割り切れるという意味なのよね。

 妙な恨みつらみを残さず、お互い割り切ったつきあいをしましょうねという願いが込められてるの。

 なんと田代さんもバイトしてるから」

 千尋は仰天した。

「でも田代組長は亡くなって十年になるけれど、今でもときおりマスメディアで取り上げられてるわ。

 ふたばやは田代さんが、組長の長女ということを知っていて採用したのかな」

 静奈はけげんそうな顔をしながら、答えた。

「たぶん知ってた上でしょうね。まあ結衣は、反社とは関係のない堅気の世界で生きているし、かえって話題つくりになると思ったんじゃない?」

 

 そのときだ。

 二十歳前後のスマートな男性が近づいて来た。

 なんと隣には、田代結衣がいる。

 ときおりマスメディアで登場する結衣と寸分変わらない。

 マスメディアに登場するときと同じような、洒落たスーツを着こなしている。

 静奈は仰天した。

「あれ、弘樹、結衣と知り合いだったの」

 弘樹と呼ばれた男性は千尋に挨拶した。

「初めまして。もとホストの弘樹です。あっ、源氏名じゃなくて本名ですよ。

 実は僕、田代さんに助けられたんですよ。

 今だから白状しちゃいます。僕は実は元反社の息子だったんですがね、やはりそれが原因で就職には苦労しました。

 いきつく果てはホストだったんですがね。

 そして、僕の父親の所属していた組がなんと田代組。

 まあ、父は内部抗争に巻き込まれて逃亡生活をおくってたんですよ」

 今度は千尋だけではなく、静奈までが目を丸くして聞いていた。

 

 弘樹は話を続けた。

「僕も田代さんも、反社の子供という共通点でひかれるものがありました。

といっても、歩んできた人生は違いますけどね。

 田代さんは、現在カウンセラーとしてラジオ番組に出演しながら、たこ焼き屋ならぬ魚丸屋を経営しています。

 僕は今、田代さんの経営する魚丸屋で、バイトしています。

 たこ焼きと違うところは、たこは入ってないけど、生地に魚が入ってるんですよ。

ツナの缶詰とか、サバのみりん干しが生地にすり下ろして入っているから、値段は格安ですよ。

 また、たこ焼き器に油を敷いて焼くのではなく、生地にマヨネーズとフレッシュミルクを混ぜ込んでいるので、低カロリーですよ。

 日替わりで生地の味が変わるから「今日はツナ味、明日はサバ味」と表示してあるから、飽きられずにいられますよ。

 もうすぐ、チェーン店も出す予定なんですよ」

 千尋は感心しながら言った。

「なるほど、毎日生地の味が変わり、その上安価で低カロリーだからお得よね。

 今なら大きなたこ焼き6個400円くらいですものね」

 弘樹は嬉しそうに答えた。

「有難うございます。魚丸はなんと大きなサイズ6個で300円なんですよ。

 3割ほどお得ですよ。それに、さつま揚げの感覚でご飯のおかずにもなるしね。

 主婦の味方なんて言われてまーす」

 静奈は言った。

「普段は身も心もまん丸、しかし、ときには星のようにシャープでいてほしいな。

 魚丸屋が、繁盛することを祈ってるわ。

 弘樹はホストで失敗して、身も心もボロボロだったものね」

 弘樹は答えた。

「今は禁止条例になりましたが、恋愛商法なんてとうてい僕にはできなかった。

 高価なシャンパンを女性客の許可も得ずに『君のために入れたんだよ』とか『店に来てくれなければ僕との関係も終わる』とか、あげくの果てに『君と店を経営しよう。二人の夢のために風俗で働いて金を貯めてくれないか』だの、心にもないセリフいって、女性客の心を奪い取り、借金まみれにさせるなんて。

 いくら生活のためとはいえ、僕は女性に一瞬の幻を見させ、風俗で働かせるなんてできなかった。

 まあ、今は風俗の世界でも、スカウトマンが女性の給料の一割をキャッチバックとして奪い取ることもできなくなりましたがね」

 静奈は思わずつぶやいた。

「テレビで北朝鮮からの脱獄者曰く『北朝鮮では真面目にまともに生きる人は死ぬしかない』のの世界に似ているわね。

 北朝鮮は女性のみならず、男性でも鉱山での肉体労働という人身売買もあるし、女性はネットポルノ(ネットでのストリッパー)に利用されているというわ。

 日本にも北朝鮮のスパイは存在していて、元モデルのアン〇カは貯金一千万円をだまし取られたあげく、最後はセスナ機から落とされて殺されそうになったと告白していたわ。このことは、芸能界では有名な話だけどね」

 千尋は思わず口をはさんだ。

「まあ、アン〇カ曰く、男性になんと手の平を車でひかれて大けがをしたり、六甲山の山の上から『おまえなんかいのししに食われて死んでしまえ』と言われ、泣きながら下山したと言っていたわ。よほど、男運が悪いのね」

 弘樹は、おだやかな表情で言った。

「僕はすべての女性に幸せになってほしいんですよ。だから魚丸屋を始めたんです。

 魚丸=ギョガンはギョギョギョってするほど安くて、ハートにガンとくるほど美味しいという意味を込めました。

 安価でおいしいものを食べるとき、人は幸せを感じると思うんです。

 あっ、これは結衣ちゃんの受け売りですけどね」


 田代結衣は、初めて口を開いた。

「そういえば、小学校六年のときのクラスメート千尋ちゃんだったね。

 あの頃は、あまり話さなかったけどね、ああ、そういえば私、一度だけ千尋ちゃんんから聖書をプレゼントされたわね。

 今は私の母が、毎日聖書を読んでるのよ」

 千尋は記憶の糸を辿ってみた。

「ああ、そういえば思いだしたわ。あの聖書は一度だけクリスマスで行った、キリスト教会で二冊もらったものなの。

 一冊は気になる子にプレゼントして下さいと言われて、田代さんにプレゼントしたのね。覚えていてくれて嬉しいわ。

 ちなみに私が聖書でいちばん好きな御言葉は

「身体を殺しても、魂を殺すことのできない人間どもを恐れてはいけません。

 そんな者たちより、魂も身体も、共に地獄で滅ぼすことのできる力を持っておられる神様を恐れなさい」(マタイ10:28)

 まあ、私は殺されかかったことはないけれど、麻薬中毒など魂が殺されたような人は見てきたわ。

 魂が殺されたら、永遠に天国に行けないと思うのよ」


 田代結衣も共感した。

「実は私もこの御言葉は大好きで、いつも口ずさんでるわ。

私って極道の娘でしょう。だから、組員の訃報を知らされることはしょっちゅうだったわ。

 小さいとき私をお嬢って呼んで可愛がってくれてた組員が、ある日突然、殺されたなんてことも少なくなかったわ。

 肉体が死んだらそれで終わりってわけじゃなくて、やはり神様はいて、天国と地獄とに振り分けられると思うの。

 地獄に落ちないためにも、私は魂だけは守ろうと決心したの。

 この世で生きることは、私にとっては田代の長女という重い看板を背負っている、不自由な世界よ。

 でも復讐だけはしまいと思ったわ」

 千尋は、感心した。

「そういえば、聖書にも

『復讐はあなた(人間)のすることではなく、私(神)のすることである。

 あなたは自らの手を汚してはならない』(ローマ12:9)とあるわね。

 復讐心は誰にでもあるけど、ドラマのなかでも復讐が成功したという話はないわね。たいがい、復讐を果たしたあと、自死してるわね。

 それじゃあ、結衣は自分を傷つけた相手を赦すようにしているってことなのかな」

 結衣は、意外な表情で答えた。

「赦すより前に、まず傷つかないように努力しているの。

 イヤミを言われたときは、私も有名人の仲間入り、芸能人並みなのかななーんてね。笑っちゃうでしょう。

 私は組員の突然の死に、何でも遭遇しているから、憎むだけ時間の無駄だと思ってるの。憎んだらそれだけ人相が歪み、雰囲気も暗くなってしまうわ。

 それでなくても、私ってこの通り、顔立ちは父に似てるでしょう。

 私は間違っても、田代の長女はやはり親譲りの反社行き、どっぷりとつかった反社のなかでしか生きられない人だなんて思われたくなかったの」

 静奈は、口をはさんだ。

「そういえば、田代組長は『自分の子供や子孫には絶対反社にさせない』と言ってたわね。結衣はそれを実行し続けてるんだから、親孝行よね」

 千尋は、感心したように言った。

「私には真似できそうにもない。しかし、人相の悪い人にはなりたくないわ。

 顔立ちは変えられないけれど、顔つきは変えられるというものね。

 正直いっちゃうけど、私が初めて新聞で田代組長の写真をみたときは、結衣にそっくりだと思ったわ。

 でも、田代組長って人相はそう悪くないのが、かえって不思議だったわ」

 静奈は

「結衣が愛した男は何人かいたけれど、結衣を心から愛してくれた男である父は亡くなっちゃったわねえ」

 とたんに結衣は、涙を浮かべた。

 千尋と静奈は思わず手を組み

「田代組長は今頃、天国で結衣を見守ってるかもしれないわ。

 だから天に向かって叫ぼう。ハレルヤ」

 結衣は、涙でぐしゃぐしゃになった頬でハレルヤと言いながら、天を見上げた。


 静奈はふと、思いだしたように言った。

「私は一応は、フロアレディーとして働こうと思うの。

 でも、期間は一か月だけよ。世間を見る意味でね」

 結衣は忠告するように言った。

「私も父にアカデミッククラブに連れて行っておらったとき、フロアレディーになりたいと言ったら、オーナーママに『水商売は心と心の切り売り。結衣ちゃんには無理じゃないかな』と言われちゃったわ」

 静奈はきっぱりと言った。

「それを聞いて自信なくなっちゃった。フロアレディーはもっと大人になってからでも遅くはないわね」

 それを聞いていた弘樹は

「もしオレの経営する魚丸屋がもっと繁盛するようになったら、静奈をバイトとして雇おうなんてことも考えてるんだよ。 

 そうだ。味見ついでに今から魚丸屋に行こう。

 今日だけは、三個ずつおみやげもプレゼントするから、ぜひ家族にも勧めてよ」

 千尋はハッピーエンド気分だった。


 結衣や弘樹のような反社の子弟でも、生きる道は開かれている。

 いくら時代が変わり、人の心が変わっても、神と共になら生きていける。

 夕焼けに包まれながら、千尋と結衣は弘樹に先導され、ダッシュ気分で魚丸屋に向かっていた。

 目からウロコがとれた途端、新しい世界が始まりそうな予感がした。


   完

 

 

 

 

 


 

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静奈に降りかかった運命 すどう零 @kisamatuma

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