弾けたのは、なんだったのか

第1話 弾けたのは、なんだったのか

「いくらってさぁ……エロいよな」


「お前急に頭湧いたんか???」


あまりに突拍子のない発言に、いくらを掬おうとしていた手が止まる。


「いやさ、この前、川に釣りに行ったんだよ」


「いや釣りに行ってもそうはならんだろ」


「まあいいから聞けって。そこすげぇ綺麗でさ。もみじに彩られた水面、キラキラと反射する陽の光。川底で寄り添う2匹の鮭……そして放たれる、白濁した液体」


「いや最後だけおかしい。その描写だけいらない」


情景だけならNHKの教育とあまり変わらないのになんでこいつの脳内を通すとR15になんだよ!

万年発情期か!!


「それをみた俺はーーー胸の高鳴りが止まらなかった」


変態は真っ直ぐにいくらを見つめる。その視線には、えもいわれない熱がこもっていて。


いやこれガチでやばいやつでは??


「それ風景が美しくてワクワクしただけだろ。ぜってぇ鮭のせいじゃ無い断言できる」


「穴の中にポロポロとこぼれていく琥珀のような球体を見た時、ごくりと喉がなって……」


「それお腹空いてるだけだって。唾液分泌されたら喉ぐらいなるし」


友人はレンゲで掬ったいくらをポロポロと丼の中にこぼす。口から吐き出される細い息が、妙に艶かしい。


「俺、思ったんだ。もしかして……これが、恋?」


あまりにも飛躍した理論に、頭の中で鯉がスポーンと発射される描写が思い浮かぶ。


「んなことあってたまるか……! 熊でもそんなに鮭のことで頭いっぱいじゃねぇよ!」


叫ばんばかりに喉に力を入れる俺。それとは対照的に、変態は真顔でさらりと反論する。


「熊は案外鮭食べないぞ。だから熊より鮭のことを考えている人間はたくさんいると思う」


「そういう! 問題じゃ! ねぇんだよ!!!」


頭を抱えてどすりとテーブルに肘を置く。目の前でふわりと跳ねるいくらの粒が、妙に癪に触った。


いやそもそも俺たち飯食いに来てんだよ!

こんな変態トークしに来た訳じゃねえ!!


ぐっと勢いよく体を起こし、諸悪の根源である変態を睨みつける。


「とりあえず食えよ! 店の迷惑になるだろ」


俺はレンゲで掬ったいくらを口に運ぶ。プチプチと弾ける食感、どろりと出てくる粘度の高い液体。


普段なら嬉しいその刺激が、今だけは何故か妙に胸を騒がせた。


「……いただきます」


渋々いくらを掬った変態は、しばし視線を彷徨わせる。そして数秒経過してから、意を結したように口を開けた。


口の端から覗く舌が、ぬらりと光る。


その様子は酷く煽情的で。口の中には何も無いはずなのに、ごくりと喉がなる。


……俺も、人のこと言えねぇよなぁ。


そんなことを思いながら、また一口いくらを頬張る。


ぷちりと弾けるその感覚。それと一緒に、俺の理性も弾けてしまったのかもしれない。

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